星降るの夜の殺意
@lulu0418
プロローグ 完全犯罪の設計
深夜のプラネタリウム。天井に映し出される満天の星々の下で、白石誠は冷や汗を拭った。
「やるしかない」
彼は呟いた。手には、三ヶ月かけて準備した様々な道具。デジタルタイマー、超音波発生装置、医療用の細いピアノ線、そして特注の遠隔操作装置。ポケットには、薬局で別々の店から少しずつ購入した睡眠薬。そして胸には、三年前から燻り続けてきた憎悪の炎。
白石誠、四十二歳。市立天文科学館の副館長。表向きは温厚で真面目な科学者だが、その内面には館長・桐谷昭彦への抑えきれない殺意が渦巻いていた。
三年前、白石が十年かけて研究してきた新型プラネタリウム投影システムの特許を、桐谷は自分の名義で申請した。白石の抗議は握り潰され、桐谷は特許料で豪邸を建て、学会では革新者として称賛を浴びた。白石は何もかも奪われた。名誉も、研究成果も、そして家族までも。妻は桐谷の裏切りに絶望した夫を見限り、娘を連れて出て行った。
「明日で全てが終わる」
白石は過去三ヶ月、綿密に計画を練り上げた。殺害方法は単純な絞殺ではない。もっと複雑で、もっと巧妙な仕掛け。
まず、プラネタリウムの座席に細工をした。桐谷が座る指定席の背もたれに、極細のピアノ線を仕込んだ。このピアノ線は普段は座席の内部に隠れており、外からは全く見えない。しかし、遠隔操作装置のスイッチを入れると、背もたれ内部の小型モーターが作動し、ピアノ線が前方に突き出る仕組みだ。
さらに巧妙なのは、このピアノ線の動きをプログラム制御したことだ。上映開始から正確に四十五分後、ピアノ線がゆっくりと前方に伸び、桐谷の首を静かに締め上げる。音楽が最も盛り上がるタイミングに合わせて。そして五分後、ピアノ線は自動的に座席内部に引き戻される。
白石は何度もテストを重ねた。夜中に施設に忍び込み、動作確認を繰り返した。完璧だ。そして最も重要なのは、犯行時刻に自分は別の場所にいたというアリバイだ。
翌日、午後六時。
プラネタリウムのドーム内に、七人が集まった。
桐谷昭彦(五十五歳)- 館長。傲慢で野心家。白石から全てを奪った男。
白石誠(四十二歳)- 副館長。今夜の犯人。
葉山美咲(三十一歳)- 解説員。明るく人気者だが、桐谷からのセクハラに悩んでいた。
遠藤健(三十八歳)- 技師。無口で機械いじりが得意。プラネタリウムの機械を知り尽くしている。
佐々木律子(四十七歳)- 事務主任。几帳面で規則に厳しい。数字とスケジュールに絶対の信頼を置く。
高橋俊也(二十八歳)- 新人解説員。情熱的だが空回りしがち。桐谷の厳しい指導に不満を持っていた。
北川京子(五十二歳)- 清掃員。控えめだが観察眼が鋭い。施設の隅々まで知っている。
「皆さん、今日は特別プログラムをお楽しみください」
白石は笑顔で言った。用意したのは、最新の全天周映像「宇宙の果てへの旅」。上映時間は九十分。その間、ドーム内は完全な暗闇に包まれる。
上映開始の三十分前、白石は休憩室で皆にコーヒーを振る舞った。桐谷のカップにだけ、軽い睡眠薬を入れて。意識を失わせるほどではない。ただ、抵抗する力を奪う程度の量。
「桐谷館長、お疲れのようですね」
「少し頭痛がするんだ」桐谷は額を押さえた。「大丈夫だが」
午後六時三十分。上映開始。
全員が座席に着いた。桐谷は指定された最前列中央の特等席に。白石は最後列の端に座った。できるだけ遠く。疑いを避けるために。
照明が落ちた。ドームが完全な暗闇に包まれる。
壮大な音楽が流れ始めた。星々が瞬き、銀河が渦を巻く。
白石はポケットの中の遠隔操作装置を確認した。スイッチを入れる必要はない。既にタイマーがセットされている。上映開始から正確に四十五分後、午後七時十五分に自動的に作動する。
だが、ここで白石は大胆な行動に出た。計画の一部として、上映開始から三十分後、午後七時ちょうどに自分は席を立ったのだ。
暗闇の中、白石は静かに立ち上がり、出口に向かった。そして、ドームを出た。
廊下の監視カメラが彼を捉えた。タイムスタンプは午後七時〇二分。
白石は一階のトイレに向かい、そこで十五分間過ごした。トイレの個室で、彼はスマートフォンのタイマーを見つめていた。
午後七時十五分。
今、この瞬間に、桐谷の首にピアノ線が巻きつき始めているはずだ。
五分後、午後七時二十分。白石はトイレから出て、監視カメラに姿を映しながらドームに戻った。廊下で佐々木律子とすれ違った。
「白石さん、どうかしましたか?」
「ああ、少しお腹の調子が。もう大丈夫です」
佐々木は頷いて、給湯室に向かった。彼女も上映中に席を立っていたのだ。
白石はドームに戻り、自分の席に座った。完璧なアリバイだ。桐谷が殺された午後七時十五分から二十分の間、自分は一階のトイレにいた。監視カメラがそれを証明している。
午後八時。上映終了。
照明が点いた瞬間、葉山美咲の悲鳴が響いた。
「館長が!」
桐谷は椅子に座ったまま、首に細い線状の痕を残して死んでいた。顔は蒼白で、目は見開かれたまま。
白石は驚いた表情を作った。内心では、計画の成功を確信しながら。
ピアノ線は既に座席内部に引き戻されている。誰も気づくまい。
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