第18話 同情なんてしないからぁ

 そろそろタバコもなくなる。また探しに行かないとなぁ。


結衣さんも落ち着き、俺はタバコをふかしていた。あの後、冬也さんは「ここを出ていこう」の一点張りで、その怒りは何を言っても収まりそうになかった。だが何より怒っていたのは、一番冷静だった村田さんだろう。


中へ戻ろうとした時、目の前を藤田が横切った。


「味の感想は?」


ニヤニヤしながら今度は向こうから話しかけてきた。


「また石でも投げに行くのか?これが最後だ。やめた方がいい」


2人は相変わらず笑っている。その後ろで一人おどおどしている少年。確か・・上村とか言われていたか。いつものバカさ加減に言葉もない。


「懲りねえなぁ。俺たちに歯向かったらどうなるか分かっただろう?――そうだ、お前を射程にしてやるよ。どうだ?そしたらここでの生活も楽になるぞ。次いでにあの女よこせ。そうだそれがいい。そしたら許してやるよ」


子供の言葉に力はない。大人でもそうだ、人を見下し、馬鹿にすることしかしてこなかった奴に何ができる。

藤田はただケラケラと笑っている。


「俺たちはここを出ていく。君は死ぬまでここで群れてるといい」


「は?バカかお前?ここを出てくのか?はっはっ!死ぬぞ、お前。外がどんなことになってるのか知らないわけじゃないだろう?」


「馬鹿でも外の危険さくらいは分かるんだな」


俺の言葉に藤田は目を細めた。


「いや、君は分かってない。外がどれだけ危険か分かっていたなら、ここでこんなことをしていられるはずがない。俺たちは元々外から来た。数週間は外で生活したんだ。危険な目にも何度かあった。だけど、それでも死なずここまでたどり着いた・・・が、ここは外よりひどい。無知は何より危険だよ。俺がいなくなれば、もう口うるさく言うやつもいなくなる。そしたら好きなだけ石を投げるといいさ」


藤田の怒りが徐々に増していくのが分かった。


「俺が何も分かってないって?」


「ああ。分かっていないことすら、分かってないんだろう?君は無知だよ。どうしようもないくらいに」


「分かってるさ!お前に目の前で家族を失う気持ちが分かるか?!」


藤田は急に大きな声を張り上げた。


「あんまりみっともない声出すなよ。はっきり言って同情する余地はない。こんな世界だ。皆少なからず誰かを失って生きてる――家族が死んだのか?だからどうした?慰めてほしいのか?」


「お前・・藤田さんの気も知らずに・・」


俺の言葉に、隣にいた舎弟も俺を睨みつけるように怒っている。


「知らないけど?それがどうした?人の気持ちなんて知って何がしたいんだ?そんなもの知ったところでこの世界じゃ多分、何の足しにもならないし生きていけないと思うよ。今、思ったんだけど、あんなことをしておいて君たちは意外と貧弱というか――よくそんなことが言えるねぇ?」


「出ていきたいなら出て行けよ!あとで後悔しても知らないからなぁ」


さっきの強気な態度はどこへ行ったのか。結局は思春期の子供のいたずら。自分の悲しみを誰かに知ってもらいたくてしたことなのだろうか?こういうのは何と言ったっけ?葛藤だったか?好きな女子をあえていじめる、あれと似たようなものだろう。


「それは君が指図することじゃない。それと俺は子供だからって、それを理由に許したりしない。俺もまだ大学生だし、社会に片足が触れた程度の言わば子供だしね。君は彼女を傷つけ怯えさせた。君とそれから君の母親は許さない。それとその横の子。もう一人の子は君に無理やり付き合わされているだけみたいだから数には入れないけど。今言った3人には必ず報いを受けてもらうから。ここを出ていくのはその後だ」


俺は淡々と言って見せた。藤田はそれでも俺を睨みつけているが、さっきよりも覇気がない。


「と、まあ冗談はここらへんにして、君たちも分かったろ?人を揶揄うとどうなるか?石ももう投げない方がいい。最後だから忠告しておくよ。俺たちは明日ここを出ていく。それじゃあ」


「おい!ちょっとまてよ。何もしないのか?」


「・・・君ももう懲りただろ?これからは皆で助け合って生きていくといい。人は他人に心から同情なんてしない。全部暇つぶしだ。でも努力すれば少しは分かってくれる人が現れるかもしれない」


藤田は必死に俺を睨みつけながら、崩れ落ちそうな表情を必死に誤魔化してるように見えた。結局はこの災害で大切な人を失った子供に過ぎないのだ。





「じゃあ明日の朝、ここを出ていこう」


「ああ、もうここでの生活も飽きたしな。思い残すことはねぇよ」


「結衣さんもそれいい?」


「うん。田辺くんがそれでいいなら」


――ガンッ!


突然、体育館の扉を強くたたく音がした。


「皆さん速やかにここを出てくだあああ・・・あっ」


――ブシャ!ムシャムシャ


扉が開き、女の人が何かを伝えようとした瞬間、首から血が流れ出た。


――キャアアア!


体育館に悲鳴が響き渡る。

首から血を流し動かなくなった女の人を押し倒し、館内に次々とゾンビが入って来る。


「おいおいマジかよ?昨日出てくべきだったか?」


「裏から逃げましょう。金属バット1本しかない状況であの数は無理です」


ここに入るとき思い出の品だと嘘をつきどうにかバットだけは持ち込めた。残りは車の中にある。


「車まで走ろう。そうすればどうにかなる」


扉の近くにいた何人かの避難者は無残にも食い殺されている。

俺たちは体育館の裏から逃げ出すことにした。


「おい村田開かねぇぞ!どうすんだ?」


「どいてください!バットでガラスを叩き割ります。そこから逃げましょう」


――パリンッ!


「先に2人が行ってください。その後が結衣さん。俺は最後に行きます」


「分かった」


扉についていた窓ガラスは大人一人程度ならまずまず抜けられる大きさで、冬也さんと村田さんは直ぐに脱出した。


「結衣さんも早く行って。スカートじゃなくてよかったね」


「こんな時に笑えないよ」


結衣さんは難無く通り抜けた。


「そうだ。村田さん先に車の所まで行っててもらえませんか?」


「君はどうするんだ?」


「少し忘れ物をしたみたいで」


背後からは悲鳴と無数の足音が聞こえる。


「そんなもんどうでもいいだろ?!」


「大事な物なんです。それとこれを2人に渡しておきます」


俺はリュックを開き、2人にレンチを渡した。


「田辺くん・・これは?」


「隠しておいたものです。行ってください。俺もすぐに行きますので」


「田辺くんっ!」


俺は結衣さんに声を振る払い、悲鳴のする方へと向かった。


「助けてくれええああああ」


体育館の中はゾンビと死体と逃げ惑う人だけがあった。俺の母校もこうだったのだろうか?

直ぐ近くに藤田親子を見つけた。


「おい!藤田くん、こっちだ」


俺は彼らに聞こえるように、こっちへ来るよう手を振りながら叫んだ。

ゾンビは音に反応する。しかし、ここでは逃げ惑う人や噛まれ叫ぶ人の声が反響して、俺の声にゾンビは反応しない。ゾンビは音に対して人ほどの分別はないのだ。


ようやく俺に気づいた藤田親子は俺の元までやってきた。


「田辺さん。どうすれば」


「俺の名前知ってたんだ?とりあえずここから逃げよう。裏に逃げ道があるんだ。ついてきて」


俺は2人を誘導した。村田さん達と逃げた扉とは反対の方向に――


「いつも一緒にいる舎弟の子は?それに上村くんだっけ?あの子もいないみたいだけど」


「上村と桂馬はゾンビに喰われました、さっき目の前で」


「・・・そうか」


俺にとってもそれは悲報だ。だって・・・


「ここでいいだろう・・・」


「田辺さん、あんなことしてすいません。俺・・分かってなくて、いやホントはわkってたのかもしれないけど。けど俺・・・」


「私からも謝ります。どうもすいませんでした」


俺は別に構わない。それよりも俺は彼女にしたことが許せない。許すわけにはいかない。


「礼も謝罪も必要ありませんよ。いや、そういえば礼をするのは俺の方でしたね」


――ドンッ!


俺は藤田の母親の首を金属バットで殴った。


「ここは行き止まりだ。人は来ない、扉の鍵はサッキ閉めたしね。ゾンビもこないよ」


藤田は横たわる自分の母親を見て、言葉が出ないのか?口を開けたまま途切れ途切れに言葉を発している。


「なんで・・・こんな・・こと・・を・・」


「え?なんて?はっきり言わないと聞こえないよ?いつもの威勢はどうしたの?」


「母さん?――」


その時、田辺の脳裏には自分の母親の姿が浮かんでいた。ゾンビに転化した後の母親の姿が。


「ずるいなーまるで俺が悪人みたいじゃないかぁ?言ったよね?人は他人に心から同情したりしないって、でもねぇ実は俺、母親を殺すのは2度目なんだ。1回目は自分の親だった。まあ、もうゾンビだったけどね。だから君に1m程度は同情するよ」


藤田は跪(ひざまず)きうなだれている。


「あとこれも言ったよね?君たち3人は許さない。出ていくのはそれからだって」


狭い部屋に少年の小さな鳴き声が微かに聞こえる。


「1つ嘘をついたんだ。ホントは上村くんも殺す予定だったんだ。いやーさっきは正直、俺も悲しかったよ。初めて名前を聞いたよ。桂馬くんだっけ?その2人は喰われちゃったんでしょ?まあ君の舎弟なんかやってるくらいだし喰われて当然かぁ」


「田辺さんは・・・俺に教えてくれようと・・してたんじゃ」


「教えようとしたよ。でも遅すぎたんだ。俺はねぇ。彼女を悲しませる奴を許さない。そいつらは全員殺す。最後だし教えておくよ。ホント言うとね。もう生きる意味なんてないんだよ。俺に。彼女だけがすべてなんだ。今の俺にとって――その彼女を悲しませた。だから君は死ぬんだ」


「でも・・それだけの・・・ことで」


俺はバットを構えた。いつも通りに。


「もう喋るなよ。同情なんてしないからぁ」


――ドンッ!


俺は藤田を気絶させた後、母親の方を殴り潰した。


「バットで人の頭を殴り潰すって意外と上手くいかないもんなんだよ。俺、細身でしょ?これが結構大変なんだよ。肩も凝るしね」


――グシャッ!グシャッ!


次に藤田の頭を叩き潰した。


――グシャグシャ!


「ふぅぅー。ごめんね、ほんとは俺、こんな奴じゃないんだよ。でもね、この世界じゃこれが正義なんだ。守りたいものはどんなことをしても守らないといけない」


――グシャッ!


俺はタバコに火をつけ、一服した。


「これがうまいんだよ。体を動かした後のタバコは格別なんだ」


俺は部屋を後にした。


部屋には頭がぐちゃぐちゃに潰れた――2人の遺体が横たわっている。

――ただそれだけ・・・

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