第9話 邂逅

俺は今、体育館へと続く渡り廊下の屋根の上にいる。真下にはゾンビの群れが、俺を食べようと必死にもがいている。

俺の通っていた高校は、体育館と教室のある棟の間に距離があり、その間を移動する場合は一度外にでて、屋外にある渡り廊下を通らなければならない。


そして今、俺はその渡り廊下の屋根の上にいる。


結城を探してここまで来たが、あいつがここに来たならもう手遅れだろう。

そして俺もここまでのようだ。ゾンビを見ながら、俺は悟った。

何故こんなことになったのか、それはここに来てすぐの話だ。




 グラウンドの土を踏みしめた瞬間、俺はその光景を見て呆気にとられた。見渡す限りのゾンビと死体。「人」の匂いだ。普通、死んですぐに体が腐ることはない。特に現代の人間は食べ物の違いから、昔の人と違いすぐには腐らないと聞いたことがある。

しかし、あそこまで中身を抉(えぐ)られては匂いも充満する。片腕は引きちぎられ、頭も半分ほどない。腹を引き裂かれ、内臓が飛び出している。その匂いがここまでする。


――オエェェェエェー


俺はさっき食べた。ビスケットを吐き出してしまった。どれだけ図太い神経でも、この匂いに耐えられる一般人がいるだろうか?


――ここにいるのは危ない


俺はグラウンドを後にし、その隣の体育館に向かった。一時避難場所と言えばここだろう。体育館は校門を潜ってすぐ隣にあったが、あの匂いと微かに見えたグラウンドの様子が気になり確認が後回しになってしまった。

 体育館の扉を開こうとするが、カギがかかっていて開かない。どうにかして中を確認したい。そういえば、まだ俺がここの学生だったころ。この渡り廊下の屋根に上って、先生に怒られている不良がいた。この廊下は保健室や事務室のある建物と密接した状態にあり、おまけにその建物は坂の上に建てられている。何が言いたいのかというと、つまり屋根が低いということだ。その屋根から廊下の屋根へと簡単に上れる。

 俺は不良がここを上っていたことを思い出しながら、上った。

思っていたよりも、高いが、なんとか上ることができた。俺はそのまま体育館の方へと向かい、入口の真上にある。低い屋根の上に飛び乗った。

体育館には2階があり、窓がついている。そして俺は今その窓の前にいた。


 中の様子を見ると、ここが避難所であったことが確認できる区切られたいくつかのスペースが見える。しかし人が見当らない。ここが避難所として使われだしたのは、おそらく昨日今日の話だろう。この物資の数からして、大勢がここに滞在していたように思う。


それがすべてグラウンドにいたゾンビだとしたら頷けるが、皮肉な話だ。何故なら安全だと信じてたどり着いた場所が、最も危険だったのだから。


窓ガラスのカギは開いていた。おそらく何かあった場合の避難経路として誰かが開けておいたんだろう。中に入ると、鉄の柵がある細い通路に出た。その先にバリケードのように椅子や机が置いてある。2階は下が見下ろせる以外には何もない。俺は椅子をどけて下の階に降りた。


――カンッカンッ!


俺はバットで軽く音を立ててゾンビがいないか確かめた。この方法はゾンビサバイバルもののドラマで見た。建物の内部を探索する場合は、色々なことを見落としてしまい、不意にゾンビに襲われた時、対処できない可能性がある。だから、あらかじめ音でゾンビをおびき寄せ、数を把握する。あとは処理するだけだ。


(――ゾンビが集まってこない――)


しかし、集まってこなかった場合も安全とは断言できないため、引き続き警戒が必要だ。

俺は区切られて迷路のようになっている通路を取り抜け体育館の奥へと向かった。


 檀上の上から見下ろす無人の体育館を見下ろした時、少し懐かしい気分になった。高校生活は楽しいものではなかった。高校生最後の文化祭、クラスの出し物で演劇をやった。

俺は参加しなかった。

クラスで俺だけが参加しなかった。俺は唯一の親友と体育館の隅で、自分のクラスの演劇を見た。

 檀上の上で昔のことを思い出していた時、顔に風を感じた。右側から吹いているようだ。

グラインド側にある裏口が開いていた。そこから微かに風が入ってくる。


(なるほど、ここから人かゾンビが出入りしたのか)


俺はドアを閉めようと、外側に扉に手を伸ばした。

その時・・・

無数のゾンビがドアの横から入ってこようとしていた。

俺は手前のゾンビの頭部にバットを振りおろしたが、数が多すぎて対処できない。

一旦後ろに下がり距離をとったが、ゾンビは次々と入ってくる。

俺は檀上を降りて、体育館の入口まで走った。

 扉には南京錠と鎖でカギがかけられていた。探索よりもまずこれを確認すべきだった。


――ガンッガンッガンッ!


俺はバットで鎖を叩いた。だが、壊れない。館内に音が響き渡るばかりだ。

檀上の方には先ほどよりも大勢のゾンビが押し寄せていた。すると、ものすごいスピードで走ってくるゾンビが1匹いた。

そいつを見た瞬間、寒気を感じた。あれは以前、大学から駅へ向かう時、バスの後ろを追ってきた奴だ。


(俺の脚では逃げられない――追いつかれてしまう)


俺はガキを壊すことを諦め、階段を上り2階へと向かった。元来た道を戻り、奴らがこないように、椅子ち机でバリケードを作った。その時あることに気づいた。

ここには最初きた時バリケードがあった。俺以外にも誰かが、俺と同じようにこの窓から逃げた可能性があることに。


(今は考えている場合じゃない)


俺は急いで窓から出た。





 そして俺は今、渡り廊下の屋根の上にいる。真下にはゾンビの群れ。おそらく扉の鍵をバットで叩いた時に、響いた音が原因だろう。あの時は焦っていた。焦っていたが、もう少し冷静に考えるべきだった。


――ガンガンガンッ!


窓の方もダメそうだ。

ゾンビがこちらを睨みつけながら、窓を叩いている。ゾンビが叩くたびに、ガラスが血で赤く染まる。

ここから下には降りられない。俺は屋根の上を歩いて、体育館と反対側の方へと歩いた。

俺の記憶が正しければ、こっちには下に降りられるような場所はない。しかし、あそこに長くもいられない。

 端まで歩いたが、この高さでは降りられない。俺はまた元来た道に戻り、隣の建物の屋根に飛び乗った。


(失敗したら死ぬかもしれない。あのゾンビが窓をつき破るのも時間の問題だろう)


窓はほぼ割れかかっていた。


(この高さなら大丈夫だろう)


俺は鞄から最後の爆竹を取出し火をつけ、それを渡り廊下の方へと投げた。

爆竹は地面に落下した後、爆発し、辺りに激しい音を響かせた。

音が鳴ったと同時に、俺は屋根から飛び降りた。


――パリンッ!


2階の窓ガラスが割れた。


――ギィギャァー


(あのゾンビだ)


先ほど、ものすごいスピードで走っていたゾンビが窓ガラスを割り、館内から出てきた。

他のゾンビよりも凶暴に見えるほど、恐ろしい叫び声だ。


俺はそいつを横目で確認しながら、校門の方へと逃げた。


 (早く門を閉めないと)


俺は門に着き、大きな鉄の門を力いっぱい引っ張った。


――キィーン


辺りに金属音が鳴り響く。

その瞬間、屋根の上にいたゾンビが屋根から飛び降りて、こちらに猛スピードで走ってくる。


――ギャァー!


(間に合わない・・)


このままでは門を閉め切る前に追いつかれてしまう。俺はバットを広い。その場から走って逃げた。  


――ダッダッダッダッ!


奴が後ろから走ってくる。

俺は逃げることを諦め、足を止め、バットを構えて奴が迫ってくる方に振り返った。


――「こい!」


――ギャアァ!


俺は迫ってくる奴に向かって、バットを振り回した。


――ドンッ!


突進してきたゾンビに、俺は吹っ飛ばされた。


――「アアアァァァ」


なんだこいつは?

他のゾンビとは違うスピードと力。

俺は地面に叩きつけられ痛む体起こし、再び立ち上がった。


もしここでこいつに殺されるとしても、本望だ。未練も後悔もない。


――「お前は俺が望んだファンタジーだ・・・」


奴は激しく唸っている。


――「こいよ・・ファンタジー・・」


頭か腹かどこを狙えばいい?


――「ぶん殴ってやるよ。俺に何も答えを与えない。無意味なファンタジーがぁ」


――ダッ!


奴が向かってくる。俺はバットを握りしめた。


――ギャアアァァ!


――「くらいやがれぇ!」


俺は奴の腹に向かってバットを振った。


――ドォン!


(当たった)


――グギャァ!


腹に一発入れてやった。だが奴はすぐに立ち上がった。まったくきいていない。


(ハッ・・・ここまでか?)


俺は自分の出せる限りの力でぶん殴った。それがこれだ。奴はピンピンしている。


――「やれよ!ただ一撃で頼む」


こいつに話しかけても通じない。そんなことは分かってる。後悔はない。

俺は静かに目を閉じた。


――プォオプォオ!


どこからか車のクラクションがきこえる。


「田辺!そこどけ!」


(冬也さん?・・)


後ろから車がこっちの突っ込んで来る。


――ブォオオオオ!


「どいてくれぇ!」


村田さんの声が聞こえる俺はとっさに道路の端に避けた。


「オラアアアア!」


―ブチブチブチブシャー


さっきまでそこにいたゾンビは引き潰されてしまった。道路には肉片が散らばっている。


「おーい。大丈夫かぁ?」


車が止まり、冬也さんと村田さんがこっちに走ってくる。


「おい田辺!大丈夫か?」


俺は放心状態だった。冬也さんが「しっかりしろ」と言いながら、俺の顔を叩いている。


「大丈夫です。皆さんどうしてここに?」


「どうしてじゃねえよ。結衣が助けに行けって うるせぇから来たんじゃねえか」


結衣さんが?なんでだ・・・


「それより、ボロボロじゃないか?こいつ1匹にそこまで手間取ったわけじゃないだろうが・・何があったんだ?」


「こいつ1匹相手にしただけで、こうなったんです。あと少しで死ぬところでした」


「嘘だろ?どういうことだ?」


村田さんは顎に手をあてて何か考えている。このポーズを見るのが懐かしく感じる。


「こいつは普通のゾンビとは違います。素早く、それから力も強い」


「なるほど・・・」


「そんなもんまでいんのかよぉ――それより田辺。結城は見つけたか?」


俺は少し深呼吸した。


「まだ見つかってません。それより早くここを移動した方がいいです。この避難所はもう終わりです。中はゾンビだらけでした」


「そうか・・――じゃあ早くここを離れよう。君も今日は家に来るといい」


「ゾンビだらけかぁー笑えるな」


「皮肉な話ですよね」


俺は2人に連れられて、車へと歩いた。


「田辺君。大丈夫?怪我とかしてない?」


目の前に止めてあった車から結衣さんが飛び出してきた。


「結衣!車から出るなと言ったろ。ここは危険だ」


「田辺もさっき殺されかけたってのに~ハッハッ」


結衣さんはそれを聞くと心配そうな顔で俺をみた。


「お兄ちゃんがもっと早く助けに行かないからぁ」


「結衣。その話はもういいだろう――こうやって助けに来たんだ」


「結衣さん。ありがとう。でもこの状況を選んだのは俺だ。ここに来る前からある程度は予想してた」


もちろん母校がゾンビに占拠された光景なんて想像もしなかった。いずれ避難所も危ないだろうと予想はしていたが、俺が思っていたより早い。他の避難所もここと同じ状況なのだろうか?


「とにかくここを離れよう。話はそれからだ」


村田さんの焦りが窺える。気づかなかったが、それほどに俺はボロボロなのだろう。


「そうしましょう。結衣さんも助けにきてくれてありがとう」


「気にしないで」


結衣さんは優しく笑った。

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