第2話 勇者様? いえ、ただの女子高生です
「では改めて——勇者様、こちらへ」
村の偉い人に案内され、私は木造の建物の中へ通された。
集会所らしく、長机と椅子が並んでいる。
「……なんで私、こんなちゃんとした席に座らされてるの」
制服のまま椅子に座る私の前には、村の人たちがずらりと並んでいた。
全員、やたら真剣な顔。
「勇者様をお迎えするのは、百年ぶりでして」
「百年に一回って、わりと頻繁じゃないですか?」
「いえ、決してそんなことは……」
「その間の人は、どうなったんですか?」
聞いた瞬間、空気が止まった。
「……えーと」
偉い人が視線を逸らす。
「やめて。その“えーと”」
嫌な予感しかしない。
「基本的には……魔王に……」
「負けてる?」
「……はい」
「ですよね!」
思わず声が大きくなる。
「百年に一人呼ばれて、ほぼ負けてるってなに!?
それもうイベントじゃなくて、だいぶ危険な賭けじゃない!?」
村人たちが、気まずそうにうなずいた。
「香耶、落ち着いて」
横から声がして、私はそちらを見る。
ポチが、集会所の床にどっしりと伏せていた。
巨大柴犬が当然のように会議に参加している光景、だいぶ異様だ。
「落ち着いてるよ!
これで落ち着けって言われるほうが無理でしょ!」
「説明を聞かないと、余計混乱するわ」
「……それは、まあ」
否定できなかった。
偉い人が咳払いをして、話を続ける。
「この世界は、人族と魔族の争いが続いておりまして」
「はいはい、だいたい聞いたことあるやつ」
「その頂点に立つのが、魔王です」
「予想通りの肩書き来ました」
「勇者様は、その魔王を討ち——」
「ちょっと待ってください」
私は手を挙げた。
「その前に確認いいですか」
「は、はい」
「私、剣も魔法も使えません」
「……」
「体育も苦手です。
走るの遅いし、腕立て伏せ一回もできません」
「……」
「それで、なんで勇者?」
沈黙が落ちた。
しん、とする中で、ポチが落ち着いた声で言う。
「この世界の勇者は、強い人じゃなくて
“呼ばれた人”なのよ」
「システム雑すぎない!?」
「百年に一度だから、仕方ないでしょ」
「仕方ないで済ませるな!」
なぜか村人たちは、感動したようにうなずいている。
「さすが聖獣……」
「勇者様を導いておられる……」
「だから違うってば!」
叫んでも、誰も聞いてくれない。
私はため息をついて、ポチを見た。
「……ねえポチ」
「なに?」
「私は十六歳だよね」
「ええ」
「で、ポチは八歳でしょ」
「そうね」
「なのに、なんでそんなに落ち着いてるの?」
素朴な疑問だった。
だっておかしい。どう考えてもおかしい。
ポチは一瞬だけ目を細めて、当然のことのように言った。
「お母さんに聞かなかった?」
「なにを?」
「犬の八歳は、人間で言えば四十代後半よ」
「……え」
「それくらいの落ち着きは、あるわ」
私はポチを見つめる。
巨大で、柴犬で、落ち着いていて、やたら説得力がある。
「……」
「……」
「……なんか納得いかない」
「そのうち慣れるわ」
「慣れたくない!」
村人たちは、またもや感動していた。
「勇者様と聖獣様の深い絆……」
「年齢を超えた関係……」
「年齢の話は今聞いたばっかだからね!?」
偉い人が、恐る恐る話を戻す。
「……その、魔王を討てば、神が元の世界へお戻しくださいます」
「神……」
私は、ちらっとポチを見る。
「どう思う?」
「どうって?」
「神」
ポチは少し考えるように視線を逸らした。
「まあ、適当じゃない?」
「適当!?」
「そんなもんでしょ、神なんて」
集会所がざわつく。
「今の発言、だいぶ危ないよ!?」
「事実を言っただけよ」
「事実ってなに!?」
「神を過信すると、ろくなことにならないわ」
「なんでそんなこと知ってるの!?」
「常識でしょ」
「私の常識には入ってない!」
偉い人が、おずおずと尋ねる。
「……聖獣様は、神にお会いしたことが……?」
「別に」
「……」
「……あるかもしれないけど」
「あるの!?」
「そんな感じがしただけ」
「絶対それ、あるやつ!」
頭が痛くなってきた。
「ねえポチ」
「なに?」
「これ、本当に魔王倒さないと帰れないの?」
「伝承通りなら、そうでしょうね」
「……やだなあ」
小さく呟く。
戦いたくない。
知らない誰かを、倒すなんて。
「まだ決める必要はないわ」
ポチが静かに言った。
「まずは、魔王がどんな存在かを知りましょ」
「……知る?」
「一方の話だけで決めるのは、よくないでしょ」
その言葉に、胸の奥が少し軽くなる。
「……じゃあさ」
私は顔を上げる。
「魔王って、本当に悪い人なんですか?」
村人たちは、すぐに答えられなかった。
ポチの尻尾が、ゆっくりと揺れる。
「ほらね」
その一言で、私は悟った。
この異世界は、
ただ戦えば終わる話じゃない。
私と巨大柴犬ポチの冒険は、
少しずつ、想像していた方向からずれていく。
——でも、たぶん。
そのほうが、正しい。
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