第2話 オープニングを早送りするな

 普通であれば胸を押し付けられぐりぐりされたら、柔らかいやいい匂いと感じるものだろうが……

 下着の金具かなぐなのか、服が高速で擦り付けられているからかはわからないが、俺は自分の顔がけずり取られるのではないかと思ってしまうほどには、当てられている場所が痛い。

 そんな中で彼女、ナオは心配そうに話しかけてくる。


「ごめ……ぼっ……けが……かっ……うか?」(ごめんなさい、坊ちゃま。けがはなかったでしょうか)

「大丈夫だ、気にするな」

「ごめ……い……した」(ごめんなさい、わかりました)


 表情から何を言いたいのかがわかる。

 内容としては謝っているのだろうし、ここの場面では別に選択肢がないからこそ、こうなってしまえばこのイベントが終わってしまうまでは何もできることはない。


 彼女が胸を押し付けるなんてシーンは、画面の中で何度も見たことがある。


 桃色のショートカットの髪に、いつもニコニコとしている人懐ひとなつっこい笑顔を浮かべる女性であり巨乳、古典的こてんてきな少しドジでもある。

 よくあるドジっ子ヒロインであり、さらにはラッキースケベの申し子でもあるが、前向きな姿勢にはゲーム中ではよく励まされた。


 画面の中では何度も見た光景ではあるものの、彼女はその大きな胸を顔に押し付けながら会話を継続する。


「お……はい……りで……ぶで……か?」(お食事はいつも通りで大丈夫でしょうか)

「大丈夫だ」

「わ……た」(わかりました)

「そろそろのいてくれるか?」

「ご……なさ……かっ……よね」(ご、ごめんなさい、重かったですよね)

「まあ、気にするな。ご飯頼むぞ」

「はい」


 その会話によって、ようやく彼女は俺から離れる。


 よくゲームではその巨乳によって圧死させられるみたいな描写があるが、初めて顔を削り取られるのではないかという恐怖を覚えたのはいうまでもない。

 そんな顔を持ち前の巨乳によって削ったナオはあり得ない速度で、先ほど出てきた部屋……まあ、台所なのだろうへと帰っていく。


「いてえ……」

 

 先ほどまでの体が動かない状態から解放された俺は、顔から血がでていないかを手で思わず撫でながら確認する。まあ、さすがに血はついていない。 

 そもそも、胸がずっとつかえているんだから、すぐに離れるだろとか、いろいろツッコミたいところはあるかもしれないが、エロゲーの中にいる天然ドジっ子ヒロインとはこんなものだ。


 問題はそんなことではなく、先ほどの聞き取れない会話と高速巨乳押し付けだ。


 会話について、自分が喋っていることは高速ではあるものの、何を言っているのかくらいはわかる。

 俺が話している言葉から、ある程度何を話したいかわかるとはいえ……


 そして、巨乳押し付けだ。

 あれに関しては顔がなくなると思ったな。


 まだ、物語の序盤なんだよな。

 俺はエロイベントで死んだりしないよな?


「今は、普通の速度でも話せてるし動けているよな……でも、さっきのから考えると、イベントは全部設定のままで倍速だよな……」


 そう、ゲームをする上で選択肢までは会話は倍速で流していたのだが、その設定が今も引き継がれていると考えて間違いないだろう。


 今は物語の進行状況としてイベントが発生するタイミングではない。

 よって、先ほどの喋っていたときのような、口が勝手に動くようなこともない。

 そして思う……


「やっぱり俺がやっていたエロゲー……エロティックタワーで間違いないのか?」


 そう口にはするものの、答えは一つしかない。

 これまで感じた既視感というか見たことがあるキャラ、次にセリフといえばいいのか話す内容が倍速だったりと引き継がれている設定。そこから考えると……エロティックタワーで間違いないだろう。


「だからいろいろ見覚えがあったりしたのかよ」


 周りの景色というべきなのか、屋敷の景色というべきなのかはわからないが、見覚えがあるなあと思っていたのはこれだった。

 そして……


 他人のものなのに、見覚えがあるビックマグナムもそういうシーンで幾度となく見てきたことによって、なんとなく見たことがあったのだろう。


 こうなったら、この後の展開もちゃんと思い出さないとな……


「確かこの後は、部屋に戻ると食事イベントからの……その後はどうだったか?やべ、あんまり覚えてないな」


 何度もやったとはいえ、そのせいで選択肢が来るまでは、違うことをすることも多くなっていた。

 よって、どんな会話だったとか、イベントがあったとか全部を覚えているわけではない。

 

 だけど、逆にいえば、会話中以外はちゃんと操作が必要だったこともあって、ここは覚えている。自由時間ってやつだ。


 よくある屋敷の中であれば自由に探索をすることができるというもので、部屋に戻るまでにいくつかのアイテムを回収できる。

 ここでは、先ほどのような体が勝手に動くということはない。


「まじでゲームの中みたいだな。というか、そもそもこういうのって悪役令嬢にとか、主人公の親友ポジションにするようなものじゃないのか?いや、このエロゲーにはそんないい存在はいないか……でも、普通に主人公になるとかって、知ってる内容を体験することしかできないだろ……まあ、倍速のせいで今のところ、体がぶっ壊れそうになってるだけだな」


 そんな独り言を口にしながら、俺は屋敷の中を探索する前に転生した自分の設定しったキャラを少し思い出す。


 名前は、設定の通りなら”アナタ”だろう。


 このゲームでは、主人公の名前を入力すれば、ちゃんと言葉を組み合わせて名前を呼んでくれるというシステムが組み込まれているという優れものではあるものの、さすがにそういうイベントシーン……そう、行為中に自分の名前を呼ばれるのは恥ずかしい。

 そんなことを考えた結果、アナタにすれば呼んでもらっている気もするし、罪悪感も少しは軽減するだろうとと考えた結果だった。


 まあ、小賢しい手というものだ。


 そんな主人公の他に書かれていた人物像みたいなキャラ設定はと……


「思い出せねえ……」


 あー、くそ……


 攻略するキャラが多すぎた結果、主人公がどういう人物なのかなど覚えていない。

 まあ、これほどの大きな屋敷に住んでいるから、ゲーム内ではそれなりの地位の存在としかわかることはない。


 そうなると悩んでいる時間はもったいないと俺は動き始めた。

 

 会話や自分のキャラ設定などはあまり覚えてないが、このゲームを有利に進めるための攻略情報はある程度覚えはいる。

 

 ゲームの探索パート中に入れない部屋は、ゲームと同じ仕様で、扉に鍵がかかっているようで、ドアノブをガチャガチャとできるだけだ。


「入れる部屋はゲームと同じだろうから、確か決まってたよな」


 ここはゲームでも、操作をしないといけないようなところは、何度もやっているうちにさすがに入れる部屋かどうかくらいは完全に把握している。


 その入れる場所というのが、先ほど話をしていたメイドたちがいる部屋と自分の部屋、そしてリビングとトイレくらいだ。

 自分の部屋に入ると強制的に食事イベントが始まったような気がするので、やるなら一番近くにあるトイレだろう。


 何の変哲もないトイレにただ入るのではない。


 トイレに出たり入ったりを任意で五回繰り返すと体が硬直する。

 すると、どこからかナオではないメイドが物凄い勢いでやってくると話しかけてくる。


「ぼちゃ……たい……の……か?」(坊ちゃま、体調が悪いのですか?)

「少し腹が痛くて」

「では……りを……てい……さい」(では、こちらの薬を持って行ってください)


 倍速だからか、薬を渡す勢いも物凄い。

 思わず受け取ったときに、体がビクッと反応してしまうほどには驚いた。 


 もの凄い勢いではあったものの、これで中身が飛び出したりしないというのが、さすがゲームだ。


「ありがとう」

「いえ」


 やることはやったと、メイドの一人はすぐさま去っていく。


 さすがは倍速だな……


 来た時と同じようにあり得ないような速度に思わず感心してしまう。


 とはいえ、一つ目のアイテムである薬をゲットした。

 胃薬であり、学園の中でトイレ近くに行くたびにその辺りにいる女子生徒に話しかけると、たまにお腹を痛がる女子生徒がいて、その女子生徒にあげることで好感度をアップできるというものだ。


「よくよく考えるとゲームだから許されてるけど、現実で女子トイレの近くでお腹が痛そうな女性を観察するって、やってることがおかしいよな……」


 プレイしているときにはゲームだからそういうものかと気にならなかったとはいえ、さすがに今のような状況になってしまえば、当事者として自分がそれをやるというのは気が引けてしまうような内容がゲームにはあるが、これがその一つになる。


 ま、何かに使えるときがくるかもしれないし、一応持っておくか。


 薬をポケットにしまうと、次のアイテムを手に入れるべくリビングへと向かうと、ここには暖炉があり、それに火をつけるためにという意味でマッチが置いてあった。


 手に入れられるアイテムというのは、今回でいえばこのマッチだ。

 使う機会は多くはないけれど、エロティックタワー内での休憩で使えたりするアイテムで、結構重宝できるものだ。


「あとは、包帯だな」


 最後に手に入れるべきアイテムとしてメイドたちの部屋にあるのは、こちらも最初に使えるアイテムである。

 それが包帯で、ゲームでは巻くだけで回復できる魔法のようなアイテムだ。


「確かこっちだな」


 何度もやっているからこそ迷うことはなく、メイドたちがいた部屋へと入っていく。

 

 後はタンスの中にあったはず……


 ここも開けられる場所は決まっており、包帯が入っているはずのタンスのみが開けることができた。

 包帯が入っている、一番上を開けたところで……


「おう……これは!」


 包帯を見つけて俺はそう言葉に……したわけではない。


 一番上に入っていたのは、確かに包帯もあったが、それ以外のものに目を引かれてしまった。

 というのも、そこにあったのは誰のものかはわからないが、メイド服に下着だ。


 これって、手に入れることができる最重要アイテムじゃないのか?


 思わずそんなことを考えるものの掴もうとした手は止まる。

 これを取ってしまうと、ゲーム的に大丈夫なのかと不安になったからだ。


「下手にものをとると急にゲームオーバーとかになったりしないよな」


 そもそもゲームオーバーの状態になってしまえばどうなるのかわからない以上は、余計なことは避けたい。

 とはいえ、下着を手に入れるというのも捨てがたいが……


 いや、考えろ。

 確かに下着はいいだろうが、今ここで本当に必要なのかだ。


 エロゲーということもあって、何かに使えるかもしれないが、普通であれば手に入れることができないものだ。

 いや、待て……


「そもそも手に取れるのか?」


 そこが疑問ではあった。


 先ほどまでは、入れる部屋というのは同じで他の部屋には鍵がかかっていたことを考えれば、あるとはいえ包帯以外手に取ることはできない可能性のほうが高い。


 そうは思うものの、俺はゆっくりと下着に手を近づける。


「触れるだと!」


 触れられたことによって、テンションはかなり上がる。

 まさかのエロゲーの中ではあるものの、女性の下着を触れることになるとは……


 さわさわと時間にして一分ほどだろうか、下着を触っていた結果……


「虚しいな、これ」


 綺麗ではあるし、触り心地はいいものの人肌といえばいいのか、当たり前だがそれを感じることはない。

 俺はそっと下着を直すと、目的であった包帯を手に取ると棚を閉め部屋から出るのだった。


 そして、先ほどのことで一つ気になることができた。


「台所に行ってみるか」


 入れる部屋というものの一つに、アイテムはないが台所に入ることも可能なのだ。

 通常であれば、メイドは料理の用意中で話すこともなく終わるのだが……


 気になった俺は中へと入っていく。


 中にいたのは、どうやらナオだけで、こちらに気付くと話しかけてくる。


「坊ちゃま、どうかしましたか?」

「いや、ちょっと気になって」

「今日の料理のことですか?」

「まあ、そうだな」


 ゲームにはない会話だからか、ここでは何を言っているのかわかるものの、逆に何を話していいのかわからない。

 いつもなら、画面に向かってブツブツと独り言を呟いていたが、それを今するのも間違っているだろう。


「何かありましたか?」


 何も話さないで固まっていたからだろう、ナオは心配そうに声をかけてくれるが、女性と話すことに全く耐性がない俺はなんと言っていいかわからない。

 いや、思い出せこのエロゲーの主人公を!


「美味しいご飯を待ってるよ!」

「はい!」


 なんという無難な言葉を選んでしまたんだ俺は……

 言ってしまった内容というのは、確かに間違ってはいないものの何を言っていいのかはわかっていない。


 戻るか……


 このまま何かに期待してもいいが、時間だけが過ぎてしまえば次のストーリーへといかないこともわかっていたため、台所から出るときだった。


「ちっ、……よ」


 舌打ちとともに何かが聞こえたような気がしたが、気のせいだろう。

 ナオが舌打ちをするはずも、何かを言うはずがない。

 

 とはいえ、こんなことをしていても物語が進まないことをわかっていた、俺はさすがに部屋へと戻った。


 おお、体が勝手に動く。


 部屋に入ると、体はまるで待ってましたと言わんばかりにざざっと中を歩いていくと、テーブルがある椅子に座る。

 そこからはいつも通りだ。


 何を言っているのかわからない会話を挟むのだが、ここの会話については別に気にするものでもないだろうし、選択肢があるようなものでもないタイミングのため主人公である自分が何も口にしない。


 エロゲーの主人公だからか、こういうところでは何も話さないで予定だけを伝えるメイドの話を聞いておくみたいだ。


 そんな内容は、たぶん……ほとんどの内容というのは学園に今日から入学ですね、頑張ってください。みたいなものだ。

 

 とはいえ、そんなことよりも倍速で大変なことというのはすぐに待っていた。

 それは食事だった。人生であれほどまでに顎を速く動かしたことは生まれて初めてだったのはいうまでもない。


 現実にあんなことがあれば、確実に歯も顎もぶっ壊れているぞ……


 思わずそんなことを考えながらも、刻一刻とそのときは近づいてくる。


 そう、学園への入学だ。

 食事を終えれば、学園に向かうための馬車に乗るための場所である玄関へとゲームでは場面が飛ぶが、さすがにここでも行くまでは自由時間ではある。


「いや、疲れたから、もうストーリーを進めるか……」


 普通なら、ここでまた何かをしたいと考えるが、先ほどまでの超高速食事と会話だけで俺の顎はおかしくなったからだ。


 違和感がすげえ……

 顎をさすりながらも、部屋で着替えたというよりも着替えさせられた制服で俺は馬車へと何も考えずに乗り込んだ。


 そう、バカである。

 

 うおおおおおおおおおおおおおお!


 こういうとき、心の中で思いっきり叫んでしまうのも仕方ない。

 確かにここは物語の中でも始まりの一つ。

 元々は、ここはゲームの中であるムービーの一つ……

 俺がムービーにやっていたことといえば、早送りだ。


 頭の中に何度も聞いた早送りの曲が流れながらもものすごいスピードで馬車は進んでいく。

 車のようではあるものの、車と違いダイレクトに振動と揺れがくるため、どうやっても酔うのは仕方ない。

 止めてくれとは思うものの、物語では止まることは絶対にない。


 体感にしてはそれほど時間がたっていないとは思うものの、同じ馬車に乗っていたナオは慣れた感じで乗っていた馬車の扉を開けると、吐きそうな感じを見せることはなく体は勝手に馬車を降りて学園へ向けて進んでいくことになるのだが……顔色は悪い。

 だからといって、物語は待ってくれないようで、カバンを小脇に抱えて、学園に続く道を、安定のあり得ないスピードで歩いていく俺は、周りを気にしている余裕はないのだった……


 というのも、ゲームであればここに全ての女子生徒たちが画面に流れるように映るのだが、当たり前のように俺にはそんなものに興味を持つことはない。

 俺にできたことは、吐き気をただ抑えるだけだったのはいうまでもなかった……

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