冒険者ギルドは今日もおっさんと共に

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第1話 プロローグ

地鳴りは、すでに断末魔の叫びに似ていた。

辺境の街『リステア』を囲む外壁の上。守備兵たちが震える手で槍を握り、地平線を埋め尽くす「黒い波」を見つめていた。

スタンピード。数千、数万の魔物が理性を失い、ただ目の前の全てを蹂躙する天災。


「終わりだ……。治癒師を呼べ! 門が破られたら傷を塞ぐ暇さえなくなるぞ!」


絶叫が響く中、一人の男が崩れかけた城壁の縁に腰掛けていた。

ルイ、三十五歳。

くたびれた中堅冒険者。

彼は喧騒を余所に懐から小さな木箱を取り出した。

乾燥した葉を薄い紙で手際よく丸めて器用に火を灯す。ふう、と吐き出されたけむりが魔物の腐臭に混じって空へ溶けた。


「……せっかく昨日の酒場のツケを払ったばかりだっていうのに。これじゃあ明日も店が開くか怪しいな」


ルイは立ち上がり、腰に差した「片刃」に手をかけた。

――古い文献では、東にある島国の『刀』と呼ばれる代物。

一般的な直剣とは、一線を画す独特の反りと横からの衝撃には弱いが万物を断つとされる鋭利な刃を持つ、使い手を選ぶ得物だ。

ルイが指先を鯉口にかけた瞬間、周囲の空気が凝固した。


「……一本吸う間だけでいい。街の連中の目を逸らしてくれよ」


黒い波が外壁の直下まで迫る。

ルイの体がわずかに沈み込んだ。

――刹那。

キィィィィィィィィィィィィィィンッ!

鼓膜を劈くほどの高周波。

超高速の摩擦によって鞘から放たれた刀身は一瞬にして太陽のごとき赤熱を帯びた。

闇夜を切り裂く赫灼たる一閃。

物理限界を超えた摩擦熱を帯びた刃は魔物たちの硬い皮膚も、甲殻も、それらが纏う瘴気さえも「切断」された。

ルイが一度踏み込み、横一文字に薙ぐ。

ただ、それだけで先頭集団の数百体が焼けた肉の臭いと共に一瞬で肉片へと変わった。


「な、なんだ……!? 魔法か? いや、今の男は……」


兵士たちが呆然と見守る中、赤く輝く刀を静かに、そして流れるような動作で鞘に収めた。

摩擦で赤熱した刃が鞘に戻る際、ジッ、と乾いた音を立てて再びけむりが舞う。


「さて、と。今のうちに治癒師の連中に仕事をさせてやれ。俺は……酒場の親父が逃げ出す前に、夕飯の席を確保しなきゃならん」


腰に「刀」をぶら下げ、けむりを燻らせながら去っていった。

このスタンピードこそが彼の十年間の平穏を終わらせる、長く激しい戦いの始まりとなった。

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