1-8-4.四月十九日
少し時間も押していたが、遅れないように
セレナさんが運んできた今日のお茶菓子は、色とりどりのマカロン。それに合わせて、わたしのためにあらかじめ少し冷ましておいてくれた、少し渋めの紅茶が淹れられる。
「ありがとうございます」
セレナさんにお礼を言うと、彼女はにこりと微笑んで後ろに控えた。それを待っていたかのように、ようやく萩くんが口を開いた。今日は珍しく、膝の上にノートパソコンを広げている。
「よく来てくれたね、先生。今日は早速 本題に入ろう」
今日は無駄話なしで話を進めるらしい。それもそうだ。来週の月曜日からいよいよ“あにまる保育園”での実習が始まる。それまでに残された萩くんとの時間は、今日と明日の二日だけ。この二日間である程度方針を固めておかないと、せっかくの機会を無駄にしてしまいかねない。
「先に、例の五件目の事件のことだ。こちらは進展があった。悪い方向に、だが。新たな被害者として、
「だけど、奥さんが殺された時の手口は“連続的殺人事件”と同じだったんでしょう? 別の事件って決めつけちゃって大丈夫なの?」
「それは僕も考えた。というより、今回娘が殺された際は誤情報での通報ではなかったし、そもそも妻と娘を殺害した犯人が同一かどうかも定かではない」
とは言っても、警察がこの五件目を切り離すだけの根拠があったのだろう。妻と娘を殺した犯人が同一である可能性が高く、かつ四件の殺人事件とは無関係であるとする根拠が。
「まだ事件に関与した証拠はないが、この二件の事件の当日に同じ人物が事件現場付近で目撃されている。はっきりとではないが、周辺の監視カメラにもそれらしい人物が映っているから、確度の高い情報と考えていいだろう。警察はその人物を重要参考人として、手配することにしたようだ」
これで容疑者は二人目。未だ失踪中の里脇教授が自分の妻と娘を殺害した可能性と、同じ現場で目撃された人物の犯行の可能性。本当にその二択と絞ってしまって大丈夫なのだろうか。
「現場の状況は場当たり的な犯行に見えるが、実際にはかなり計画的だ。犯行を目撃されない場所、時間、監視カメラの位置も把握していて、証拠もほとんど残していない。ただふらっと現れて殴り殺しただけの犯行ではない。そこも以前の四件とは明らかに異なる。だから僕としては、この目撃された人物が犯人とは思えない。これだけ慎重で用意周到な犯人が、両方の現場周辺の監視カメラに映るなんてミスを犯すとは思えないからな」
「その人の素性はわかってるの?」
「名前などを特定できたわけではないが、容貌はな。二十代女性、身長は160センチ前後。目撃証言と監視カメラの映像からAIが作ったモンタージュがこれだ」
と、萩くんがノートパソコンの画面を見せてくれる。そこに映っていた画像に、わたしは思わず言葉を失った。わたしの顔によく似ていたのだ。
そんな馬鹿な。わたしは現場には行っていない。わたしが目撃されることはあり得ない。萩くんがこの人物が犯人だと思えないなどと希望的観測を漏らしたのは、これが原因か。もしかして萩くんも、わたしを疑っているのだろうか。
「驚いただろう? 僕もこれを見た時は驚いた。だがよく見てほしい。この人物は先生よりも髪が長く、胸下くらいまであったようだ。そして口元にほくろがある。このほくろは目撃証言で共通していたため、印象的な特徴のようだ。そのほくろは先生にはない。だからこの人物は先生ではない。それは警察もわかっているから安心してほしい」
ほっと胸を撫で下ろすと、だとすればこの人物は誰なのかという疑問が湧いてくる。それは萩くんも同じようで、何か心当たりはないかと聞いてきた。
心当たり、か。わたしによく似た顔立ちの、わたしと同じくらいの年頃の女の人……最近どこかでそんなような人に会ったって話を聞いた気がする。
「あ、お姉さん。
「先生の偽彼氏が、昔助けてもらった人によく似た人に最近会ったって話か?」
機嫌は直っても、一紀くんの呼び方はそのままらしい。
「そう。その人、わたしによく似ているらしいんだよ。顔も年頃も。合コンの次の日に会った時、最近見かけたって言ってたから、それってもしかして里脇先生の奥さんが殺された日だったんじゃない?」
一紀くんが特別遠出をしてなければ、見かけたのは彼の家も大学もある船迫で見かけたはず。里脇教授の奥さんが殺されたのも船迫。偶然の一致とは思えない。
「その人と先生は無関係……かどうかもわからないのか。何か素性を調べる手掛かりはないのか?」
「手掛かりになるかはわからないけど、話を整理するね。まず十五年前に一紀くんが助けてもらったお姉さんが、わたしによく似た人だったらしいんだ。そして、その時のお姉さんによく似た人と最近会ったらしい。だからその人も当然わたしによく似てるってことだよね。で、あとお父さんの話では、わたしはお母さんによく似てるらしいんだ。本人と見間違えるくらいに。つまり、十五年前のお姉さんも、一紀くんが最近見かけたお姉さんも、わたしのお母さんも、みんなわたしにそっくりらしいんだよ。……どう思う?」
普通に考えれば、親戚、となるのだろう。だが肝心のお母さんのことがわからないから、調べようがない。せめてお母さんのことがわかればそこから親族を辿ることもできそうなのに。
「先生は、母親の顔は見たことはないんだったか?」
「うん、残念ながら。名前が“
「本来なら母方の親族を洗いたいところだが、そうもいかないみたいだからな……。先生、貴女はいったい、何者なんだ……?」
そんなことをわたしに言われても、わたし自身がそれを知りたい。
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