1-1-2.四月十一日

 うちからしゅうくんの家までは、電車で六駅。急行に乗れれば二駅で着く。ホームに出ると、ちょうど運良く急行が来たところで、人のほとんどいない座席の端っこに座った。手鏡で前髪をちょっと整え直して――うん、まあこれでいいでしょ。

 たかだか中学生に会いに行くのに気合入り過ぎな気もするけれど、ある程度 身なりをちゃんとして行かないと文句を言われてしまうのだ。百花ももかの言っていた通り、羽振りのいいバイトではあるし、できれば辞めたくはない。身なりを整えるのは社会人としても当たり前のことだと思うし、別に抵抗はなかった。


 彼の家は駅から歩いて十分くらいのところにあり、一見すると普通の二階建ての一軒家のように見える。けれどここはメイドさんと執事さんと彼との三人暮らしで、いわゆる別荘だというのだから驚きだ。何でも、築島つきしまグループの跡取り息子として社会勉強をするために、こうして一般社会という野に出されているらしい。


 インターホンを押すと、執事の左路さじさんが出迎えてくれた。執事といっても、執事服やスーツ姿ではない。落ち着いた色のシャツやパンツでカジュアルさは押さえつつも、一応 私服姿。メイドさんも同じで、メイド服など着ていない。ご近所からは普通の家のように見られたいという萩くんの要望なのだそうだ。


志絵莉しえり様、お待ちしておりました」


「お疲れ様です。お邪魔します」


 わたしが靴を脱いで家に上がったのを確認してから、左路さんが玄関に入ってドアを閉める。私服であってもやはりプロの執事。お客様より上に立つことのないよう、徹底している。特に佐路さんは結構なお年のようだし、その振る舞いが身体に染み付いているのだろう。


 そして家に上がったわたしを出迎えてくれたのは、メイドのセレナさん。彼女はハーフということもあり、髪色は明るいが地毛なのだそうだ。スタイルも良くて、女のわたしから見てもモデルかアイドルみたいに美人で憧れる。こんな人をメイドとして雇っているなんて、ちょっと羨ましいと思ったことは一度や二度ではない。


「ご主人様がお待ちです。どうぞこちらへ」


 そんな仰々しいいつもの流れで迎え入れられたリビングには、足を組んでリクライニングチェアに深く腰掛けるご主人様の姿があった。中学の制服姿のままふんぞり返っている彼は、わたしの姿を視界に捉えるなり、手元の書類を脇にどけてニヤリと微笑んだ。


「よく来てくれたね、先生」


 わたしはいつものように、彼とテーブルを挟んだ向かいのソファに腰掛け、カバンを脇に置いた。

 すると、セレナさんが紅茶とお茶菓子を出してくれる。今日はマドレーヌ。濃厚なバターのいい匂いが漂ってきて、唾液が急速に作られていく。


「いつもありがとうございます」


「いえ、こちらはご主人様からのお気持ちですよ」


 お気持ち……? 客人にはお茶とお茶菓子があって当然だと思っているということだろうか。しかしセレナさんはそれ以上は何も言ってくれず、意味ありげにウィンクするだけだった。


「こら、セレナ。余計なことを言うな」


「申し訳ありません、ご主人様」


 珍しく少し焦ったような彼にたしなめられて、セレナさんは微笑ましそうに、でも上品に、緩んだ口元を隠すよう手で覆いながら彼の傍に控えていた。


 遠慮なく一つを口に運ぶと、しっとりとした食感とともに、濃厚な甘みが口いっぱいに広がった。少し苦い紅茶をすすれば、口に残る甘さと調和して、完食後の余韻に浸ることができる。


 しかしそろそろ、このわたしへのお客様待遇もどうにかならないものか。執事からもメイドからも気を遣われていると、なんだか落ち着かない。わたしは庶民だし、こんな生活とは縁がないのだから。それを言ったところで、なら慣れろ、とか言われそうだから、なかなか口にはできないのだが。


「それで、今日はどうしたの?」


「よくぞ聞いてくれた。これを見てくれ」


 彼は先ほど脇にどけた書類の束を、得意げにテーブルに広げて見せてくれた。まるで新しい玩具を買ってもらった子供のようだ。そのあまりにも整った顔に、愉悦の笑みをたたえている。


 ざっと目を通してみると、最近あった“連続殺人事件”についての資料と、それに類似した別の事件の資料と、“あにまる保育園”なる保育園の入園案内だった。

 資料に目を通すうち、“連続的殺人事件”と類似した最近起きたらしい事件の資料には、よく見慣れた名前の記載があるのに気が付いた。


「あれ、この事件の被害者、里脇さとわき先生の奥さんじゃない?」


「そうだ。それが、今日 環境科学が休講になった理由だ」


 里脇教授は環境科学の担当だ。奥さんが亡くなったなら、今日くらい休講にしてもおかしくはない。それに資料をよく見れば、事件が起きたのは今日だ。奥さんが亡くなった当日なら尚更、講義などできる精神状態ではないだろう。というか、今日起きた事件の資料がもう出来上がっているのか。さすが、仕事が早い。

 わたしが資料を見ながら感心しているのに気付いたのか、しゅうくんは得意そうに続ける。


「これまでに起きた四つの殺人事件。地域も犯人もバラバラだが、手口はまったく同じ。そして逮捕した犯人から聞き出した限りでは、それぞれの事件の犯人は共謀していたわけではないことがわかっている。手口まで公表はされていないから、先生が知らないのも無理はないがな」


 確かに資料を見れば、それぞれの事件自体はニュースで知っていた。しかしこれが、まさか同一の手口のものだったとは。


「共謀していなかったとはいえ、四件の事件の犯人たちには接点があり、保育園から高校まで同じ、いわゆる幼馴染だったようだ」


「なるほど。それで“連続殺人事件”ってわけ」


 資料によれば、今回 里脇教授の奥さんが殺害された事件は、通報から初動捜査の段階では『買い物帰りのところを中学生くらいの少年たちに囲まれ、暴行を受けた末に殺害された』とされていたが、その後の捜査で、犯人は一人で、被害者は鈍器のようなもので殴打され、一撃で殺害されていたらしいことが判明した。

 これまでに起きた四件の事件でも同じように、通報と実態が異なっており、事件の目撃者はいなかったそうだ。となると、この偽の通報をしたのは犯人自身なのだろう。これまでの事件は犯人はすんなり捕まったが、こうも同じような事件が続くとなると、実行犯とは別に黒幕がいる可能性も考える必要が出てきた、ということのようだ。


「実際のところ、これまで逮捕した犯人たちも、犯行を認める者もいれば否認する者、黙秘する者もいて、逮捕した犯人が本当に犯人なのかすら疑わしい部分も出てきている。なにせこの五件目だからな」


「どういうこと?」


「彼らの話では、幼馴染は四人だけだと言うんだ。その全員が既に捕まっている。口裏合わせをして誰かを匿っている様子もない。となれば――今回の事件を起こした五人目は誰だ?」


 自分だって真相はまだわかっていないくせに、萩くんはクイズの出題者にでもなったみたいに楽しそうに話してくれる。こういう時の彼は本当に生き生きしている。


 それにしても、何だかなかなかややこしくなっているみたい。表面的に捉えるならば、恐らく警察の捜査に間違いはなくて、ここ四件の事件は間違いなく解決したと言っていいのだろう。しかしこの五件目をどう扱うかに困っている。黒幕、模倣犯、新たな可能性……。人というのは、辻褄が合わなくなると途端に余計なことを考える。


「……もしかしてだけど、警察は三、四件目あたりが起きた時点で幼馴染のことに気付き、真っ先に疑いをかけて捜査したんじゃない? それで都合よく彼らが犯人であるような証拠が出てきちゃったから、やっぱりねと思って逮捕した。でももっと慎重に捜査していたら別の犯人が浮かび上がったかもしれないって、今更になって心配になったりしたのかな?」


「さすが先生だ。やはり貴女を選んだ僕の目に狂いはなかった」


 俄然 嬉しそうに笑みを溢す萩くん。その笑みは幸福というより恍惚で満ちているようで、どこか不気味に思えた。

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