同胞との遭遇

────── 🌙限界の夜🌙 ──────


 午前二時。

 また今日も終電を逃し、タクシーで帰宅したものの、アパートの鍵を開ける気力さえ残っていなかった。

 気がつけば、近所の神社の石段に座り込んでいた。


「……つっかれた」


 独り言が、夜の境内に虚しく響く。

 手には、コンビニで買ったエナジードリンク。

 もはや味など感じない。ただ脳を強制的に覚醒させるためだけの、燃料だ。


 液体を流し込み、大きく息を吐く。

 ふと、視界の端で何かが動いた気がした。


 拝殿の縁の下。

 そこに、まん丸な毛玉がいた。

 とぼけた顔をしたタヌキが、片足を上げた奇妙なポーズで、じっとこちらを見つめている。


「…………」


 私は瞬きをした。タヌキは消えない。

 けれど、驚きは湧いてこなかった。

 代わりに、乾いた納得感が胸に落ちる。


(あーあ。ついに見えたか)


 幻覚だ。

 三十連勤、睡眠時間平均三時間。

 ストレスとカフェインの過剰摂取が生み出した、哀れな私の脳内フレンド。


「……こんばんは」


 私は幻覚に向かって、力なく声をかけた。

 どうせ幻なら、何を言ってもいいだろう。


「お前も、夜勤? ……目のクマ、ひどいね」


 それは鏡の中の自分への言葉でもあった。

 タヌキは何も答えない。ただ、つぶらな瞳で、憐れむように私を見ている気がした。

 その視線が優しくて、張り詰めていた糸が切れそうになる。


「もう、無理かもな……」


 弱音を吐き出した、その瞬間。


 ブブブブブブッ!!


 膝の上で握りしめていたスマホが、狂ったように振動した。

 チャットツールの通知音。

 ピロン、ピロン、ピロンと、無機質な電子音が連鎖する。


「ッ……!」


 心臓が跳ね上がる。

 画面に浮かぶ、無機質な文字の羅列。


『既読つかないけど、寝てる?』

『修正案、朝イチまでに頼むわ』


 胃が雑巾のように絞られる感覚。過呼吸になりかけて、指先が震える。


 見たくない。

 でも、見なきゃいけない。

 これは現実だ。幻覚のタヌキなんか見て現実逃避している場合じゃない――。


────── 🍃ざわつく音色🍃 ──────


 同胞が、攻撃を受けている。


 たぬきにははっきりと見えた。

 彼女が持っていた『光る板』が、突然唸り声を上げ、明滅を始めたのだ。

 ピロン、ピロンという音は、まるで『見えない虫』の不快な羽音のようで、ひどく心がざわついた。


 同胞の顔が引きつり、身体が震えている。

 あの板が、彼女を攻撃しているんだ。

 彼女は弱っていて、逃げることさえできないらしい。


 身体が、意思よりも早く前に反応した。


 恐怖で、脚が勝手に後ずさりそうになる。

 でも、あんなに立派な『黒い模様』を持つ同胞を見捨てるわけにはいかない。


 たぬきは縁の下の奥に隠していた『宝物』を引っ張り出した。

 母さんから取り上げられた後、こっそり森から持ち出してきた、あの『泥だらけの空き缶ア〇ヒ・スーパード〇イ』だ。


 たぬきは震える足に力を込め、縁の下から飛び出した。


「ふなっ!」


 たぬきは首のスナップを効かせ、咥えていた宝物を大きく振りかぶった。

 そして、嫌な光と音を撒き散らす『光る板』めがけて、勢いよく叩きつけた。


 ――カコン!!


 素晴らしい音がした。

 空き缶の空洞が、光る板をすっぽりと覆い隠す。

 途端に、あの不快な光が遮断され、羽音(通知音)もこもった音に変わった。


 どうだ。

 たぬきは『見えない虫』を閉じ込めてやったぞ。


 たぬきは空き缶を押さえたまま、どや顔で顔を上げた。

 緊張のあまり、また少し身体が『石化たぬきはもうおしまいです』してしまったけれど、今のたぬきはきっと、英雄のように勇ましいはずだ。


 目の前で、同胞が口をポカンと開けて、たぬきを見下ろしていた。

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