第3話
食事は、決まった時刻になると、何も言わずに運ばれてきた。
膳の上には湯気の立つ白米と、汁物と、質素だが整えられた副菜。いつもと変わらないはずの食事。
和歌は、それを一度も箸に取らなかった。
最初の一日は、ただ座っていた。
畳の上で背を伸ばし、障子の向こうから差し込む光の移ろいを、ぼんやりと追っていた。
空腹は、昼を過ぎた頃からはっきりと輪郭を持ち始めたが、和歌はそれを「感じてはいけないもの」のように扱った。
二日目になると、さすがに身体が言うことを聞かなくなる。
立ち上がろうとすると、視界が一瞬揺れ、膝に力が入らない。喉は渇いているのに、水を飲む気にもなれなかった。
それでも、食べなかった。
言葉にできない理由を、身体で示すしかない。
和歌はそう考えていた。自分に許されている行動の中で、唯一選べる方法がこれだった。
二日目の夜。
障子が静かに開き、あの男が部屋に入ってきた。
室内の空気が、目に見えない形で張りつめる。
男は膳に手を伸ばすこともなく、和歌の顔を見て、短く問いかけた。
「……なぜ、食べない」
責める調子ではなかった。
しかし、その問いは「状況を確認する」だけのものではないと、和歌には分かった。
和歌はゆっくりと顔を上げた。
声を出すまでに、一拍、間があった。喉は乾き、舌は思うように動かなかったが、それでも言葉を選んだ。
「……武家の娘に、切腹が許されないのであれば」
一度、息を吸う。
胸の奥が、じくりと痛んだ。
「餓死するしか、方法がないのでは?」
その声は、強くも弱くもなかった。
感情をぶつけるというより、結論を提示するような言い方だった。
部屋の中に、沈黙が落ちる。
男はすぐには答えなかった。和歌を叱ることも、否定することもせず、ただその言葉を吟味するように目を伏せた。
やがて、低い声で言う。
「その回答は、模範解答ではない」
和歌の胸が、きゅっと縮む。
やはり、間違いだったのか。言葉にできたと思ったのに。
だが、男は続けた。
「……だが、次第点はやろう」
その言葉に、和歌はわずかに目を見開いた。
完全な否定ではない。理解されないわけでもない。ただし、合格でもない。
「その代わり」
男の視線が、膳に向けられる。
「飯は、今からすぐ食べるのだ。
この部屋を出てもよいから」
命令だった。
だが、そこにはわずかに「許可」の響きが混じっていた。
和歌は、しばらく黙っていた。
それから、ゆっくりと箸を取る。指先が少し震えているのを、自分でも自覚していた。
一口目の米は、味がしなかった。
ただ、温かさだけが、身体の内側に広がっていく。
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