第4話 歌と氷の大精霊イレイナ〜光を紡ぐ契約〜

すみれとルイの目の前に、白銀の髪を揺らす女性が立っていた。

(右目は深いピンク、左目は澄んだ青)オッドアイの異彩が、静かに空気を支配している。


「誰だ…!」

ルイが叫ぶ。だが女性は微動だにせず、音もなくすみれの前へ歩み寄った。


「…なぜ、あの精霊を助けたの?」


その声には温度がなかった。怒りでも哀しみでもなく、ただ空虚な冷たさが漂う。


「助けるのに、理由なんて必要でしょうか?」


すみれは胸の奥で震えを感じながらも、声を強く保った。

目は見えなくとも、女性の呼吸の重さ、髪の微かな揺れ、魔力の波動の震えを感じ取り、逃げずに立っている自分を確かめた。


「今まで精霊に近づく者達には、理由があった。精霊をこき使おうという思いが含まれていた。あなたは、違うと言えるの?」

言葉の端々に、拭いきれない怨念が滲む。


「言えます。

私は、困っている存在を、見捨てたくないんです。

 二度と…あんなことが起こらないように」


女性の呼吸が、わずかに揺れたのをすみれは感じた。

胸の奥で、不安と希望が交互に押し寄せる。


「…一つ、聞いてもいい?」

「えぇ」

「精霊と契約するなら、何を差し出せる?」


精霊との契約には必ず代償がある。力を得る代わりに、何かを失わなければならない。


「差し出すもの…私にはありません。目も、足も使えないのですから」


女性は沈黙し、視線を伏せるかのように立ち尽くす。

そのまま背を向けかけた。その瞬間、すみれの声が、湖面の水音をかき消すように響いた。


「でも」


その声は、揺らがない強さを帯びていた。


「差し出せるものがなくても、家族になることはできます」


「…家族?」


女性の息づかいが、一瞬止まった。

風が湖面を渡り、二人の間に小さな波紋を生む。


「精霊は命形のある場所にしか存在できません。

 命形が生まれるのは、何十年に一度。

 だから精霊は、ずっと孤独です」


すみれは胸の奥の震えを押し込み、力強く続ける。


「なら、私は家族になります。

 一緒に笑い、一緒に日々を分かち合います。

 それしか、私にはできません」


長い沈黙のあと、女性の呼吸がゆっくり戻る。


「…家族だなんて」


初めて聞いた言葉だった。そして、初めて心が揺れた。


「ねぇ、私と、契約しない?」

「え…?」

「あなたなら、契約してもいいと思えた。だから、私と契約してくれる?」


ルイが眉をひそめ、一歩前に出る。


「契約って…? 精霊か聖獣としか...

 人の姿をした精霊なんて、聞いたことがない」


女性は微かに息を吐き、声だけで微笑むかのようだった。


「私は精霊ではない。

 世界樹から最初に生まれた存在。大精霊イレイナ」


空気が震え、ルイとすみれの胸に重く響いた。

大精霊。世界樹から直接生まれた、伝説の存在。聞いたことすらない存在だった。


「私以外に、大精霊は四人しかいません」


「…なぜ、そんな方が、私に?」


イレイナの声は柔らかく、それでいて揺るがない。


「初めてだから。

 精霊を“家族”と言った人は、これまでいなかった。


 もし契約すれば…あなたの目と足も、使えるようになります」


「本当に…本当に、契約したら…目が見えるの?」

すみれは震える声で問いかける。希望と不安が入り混じる。


「えぇ。私があなたの魔力を制御します」


ー本当、なのかな?私、しんじてもいいのかな?ー

すみれの手は、僅かに震えている。


少しの沈黙のあと、すみれは力強く頷いた。


「…お願いします」



湖面に光が反射し、波紋が世界を包み込む。

すみれは両手を前に伸ばし、深呼吸して契約の儀式の言葉を口にした。


「我、歌と氷の大精霊は、汝との契約を望む。

 汝の荒れた魔力を鎮め、共に歩まん」


「我も汝との契約を願う。

 我は汝と家族となり、命尽きるその日まで共にいることを誓おう。

 我はスミレ。汝の名は?」

「イレイナ」


光が溢れ、湖面に反射して波紋となり、世界を震わせた。

すみれの視界に初めて光と色が映る。


「…見える…」


色、光、空――世界のすべてが目に飛び込み、すみれの頬を涙が伝う。


「立てる…足が、動く…!ルイ!見て、私...」


振り返ると、黒い翼を持つルイが立っていた。

微かに羽ばたくたびに、光を受けた翼が湖面に映り、幻想的な影を落とす。


「…ルイ?まさか、君は...」

ルイの瞳が一瞬揺れ、黒い翼がわずかに震えた。

そして次の瞬間、すべてを伏せるように、静かに視線を落とした。

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