人生のレジを打ち直しましょう。〜万年パートの私が、あなたのコンプレックスが輝く異世界を爆速で用意し、邪魔な運命を精算いたします〜』
冬海 凛
第1話 レジ打ちパート、世界を清算する
「……おい、聞いてるのか? 白石。お前は今日でクビだ!」
安物のパイプ椅子に座らされた私――白石サクラ(32歳)は、脂ぎった中年店長の言葉を無機質に受け止めていた。
「そんな……私、まだ子供が小さいんです」
「代わりなんて、いくらでもいるんだよ。お前みたいに、ただ、レジを打つしか能がない女はな。一生、どっかの隅っこでレジでも打ってろ。この給料泥棒が!」
店長が投げ捨てた『雇い止め通知』。
私は、それを拾い上げなかった。
十五年。学生時代からずっと、私はレジの前に立ってきた。
客が手に取る商品の組み合わせで、その日の献立も、家族構成も、抱えている悩みさえもわかってしまうほどに。
(……ああ。私の人生、レジ一つで終わるんだ)
視界が歪む。
最近、
何よりも、眠い。
❀❀❀
絶望のどん底で指先に触れたのは、冷たいコンクリートの床ではなく――見覚えのある、神々しいまでの光を放つ『白いカウンター』だった。
「……あれ? ヤダ、私。寝落ち? というか、どこ?!」
気づけば、私は純白の空間にいた。
目の前には、見たこともない意匠の『レジスター』。いつもと何か違う。
そして――。
「あ、あの……俺、もうダメなんです。死ぬしかないんです」
カウンターの向こう側。ボロボロの鎧を
彼の額には、コンビニのバーコードのように『青い光の線』が浮かんでいる。
私の手が、勝手に動いた。
十五年の習慣。プロの条件反射。
私は迷わず、バーコードリーダーを握り締め、少年の額をスキャンした。
『ピッ――』
脳内に、濁流のような情報が流れ込む。
【種別:元・勇者候補】
【欠陥:魔力適性ゼロ(ただし、植物との対話能力SSランク)】
【悩み:騎士団から『無能』と罵られ、魔物の餌食として捨てられた】
【希望:静かな場所で、花を育てて生きたい】
「……なるほど。お客様、お困りのようですね」
私は無意識に口角を上げた。接客モードのスイッチが入る。
店長の罵倒?
将来への不安?
そんなものは、今はどうでもいい。
目の前に、人生に詰んだお客様がいる。なら、私のやることは一つだ。
「お客様に『最適な世界』を、ただいまお探しいたします」
私は異世界のレジスター、『因果律確定機』のキーを叩いた。
ブラインドタッチ。
いや、
十五年培ったこの指先が、少年の不運な
「最適な世界? そんなのあるはずが――」
「お静かに。魔力がない? 結構です。この世界では、あなたの『優しさ』が最強の魔力になります」
怒涛の攻め。
「追放された? おめでとうございます。その世界は今日、滅びる予定の在庫処分品、いわばゴミですから。あなたに最適な世界は必ずある!」
カタタタタタタッ!! と、空間に打鍵音が響き渡る。
少年の瞳に希望の光が宿り始めた、その時だった。
「待ちやがれ! そのガキは俺たちの獲物だ!」
空間を裂いて、黄金の鎧を着た傲慢な男たちが乱入してきた。
バーコードリーダーを向け、スキャンする。
追放元の聖騎士団だ。
彼らは抜剣し、私の神聖なレジカウンターへ踏み込もうとする。
「おい、そこをどけ、不細工な女! そいつを殺して、俺たちの手柄にするんだよ!」
私は、レジを打つ手を止めなかった。
視線すら合わせず、最後の一打――エンターキーに指をかける。
「――申し訳ございませんが、お客様」
私は、クビを宣告した店長よりも、目の前の騎士たちよりも、誰よりも冷徹でプロフェッショナルな声で告げた。
「当店、割り込みはお断りしております。――お引き取りを(レジ締め)」
『ピッ――!!』
激しい閃光。
次の瞬間、少年の足元に『美しい花々が咲き乱れる楽園』へのゲートが開いた。
それと同時に、乱入してきた騎士たちの両肩に、レジの合計金額(彼らが犯した罪の重さ)に応じた重税が掛かり、彼らを床に叩き伏せる。
「ぎ、ぎゃあああ!? なんだ、この重さは……っ!」
「悪徳税です。少年の人生を邪魔した罪に累進課税いたします。なお、お会計は、少年が輝く異世界で、幸福になる手助けをすることで、精算していただきます」
「てめぇ、何を勝手に――」
私は金額確定ボタンを押した。
騎士がその場に倒れ込む。
私は震える少年の背中を、優しく、力強く押した。
「……良い人生を。お出口はあちらです」
少年が光の中に消えていく。
静寂が戻った純白の空間で、私は自分の指先を見つめた。
代わりなんていくらでもいる?
レジしか打てない?
ああ、その通りだ。私はレジしか打てない。
「だけど。私のレジは――運命さえも、清算できる」
私は、新しく表示された『店長』というステータス画面を閉じ、ピシッと背筋を伸ばした。
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