思わぬ母校訪問
三上先生と再会してから、もう1週間が経ってしまっていた。
あれから、彼女から1度連絡が来たきりだった。
あの日、わざわざ家まで送ってくれたお礼が、可愛いキャラクターのスタンプと共に来たのには、少し驚いたけれど。
彼女はキャラものとか、好まないと思っていたのに。
「それで?
あっさり自分の気持ちに蓋をするわけだ。
せっかく教員免許は持ってるのに、勿体ないよ。
正瞭賢行くことになったら、三上先生と同じ職場になるもんねぇ。
それは避けたかったんだろうけど。
無理矢理スピーチ役にでも抜擢して、私たちか、
麗眞くんと椎菜は正瞭賢の名物カップルだったしね。
目を離すと常にイチャイチャしてたし」
まぁ、今更タラレバを並べても過去は変えられねぇよ。
それにしても。
当の本人が、何でウジウジ悩んでるんだよ。
お前ら、両片想いみたいなもんだろ。
そういうのに疎い理名ちゃん以外は全員気付いてたぜ。
バレバレなんだよ。
世界史の授業があった日は放課後に職員室訪ねたりしてたよな、圭吾」
妻の深月の考えを、しっかりと受け止めた上で自分の意見を的確に伝えている道明。
こんな感じの関係になれたら、お互いに背伸びすることなく、自然体で時を積み重ねていけるのだろう。
「そうそう。
日直でもないのに、三上先生の授業で使う備品を運ぶ手伝いしたりさ。
三上先生のこと、相当好きなんだなぁ、ってね。
微笑ましかったけど。
私はちゃんと、2人の関係性も気にかけてたんだからね?
リモート画面に映るのは、正瞭賢時代の同級生の
この2人、半年ほど前に挙式をしたばかりだ。
麗眞と椎菜ちゃんの挙式後に、サプライズで行われたのだという。
深月ちゃんのお腹はもうかなり大きくなっている。
やっと悪阻が落ち着いてきたらしい。
誰が見ても妊婦だと分かる。
彼らも、もうすぐ人の親という大きな役割を背負うことになる。
……今は大変な時期なのに、この2人に相談を持ちかけたのは俺の方だ。
持ちかけられた2人の側から、リモート呑みの提案があったので快諾したのだ。
もちろん、妊婦の深月ちゃんはちびちびとりんごジュースを口にしている。
「お。
琥珀ちゃんと優弥も、リモート呑み会入りたいって。
いいよな?圭吾。
それに、高校時代は恋愛のカリスマと名高かった、
覚えてるだろ?
その彼女と恋愛関係秒読みの人も呼ぶってさ。
何せその人、偶然にも三上先生の弟らしい」
は!?
そうなの?
聞いてねぇよ、三上先生に弟がいるなんて。
「桜木くん!
久しぶりー!
お悩みのようだね?
今は大手教育教材を多く作る会社のSEとして働いてるんだっけ?
勿体ないよ、せっかく教員免許持ってるのに。
三上先生に気持ちを言うチャンスを卒業式の後に作ろうって話してたのよ。
だからこそ、わざと麗眞くんの屋敷でのどんちゃん騒ぎには呼ばないでおいたのに。
何も気持ち伝えなかった、ってどうなのよ」
呆れたように小さく嘆息して、チューハイにちびちびと口をつけながら言うのは美川
高校時代から、同級生の恋愛模様に世話を焼いていた。
……他人のことにはよく気がつくくせに、自分の恋愛模様には疎いようだが。
「三上
美川さんとは仕事の後輩で。
一応、夏南は俺の姉です。
俺自身も正瞭賢のOBなので、よく話してくれます。
今は、美川さんや深月さん、琥珀さんたちの代とは違ってみんな受け身で自主性がない、とか。
この間1つ気になることが。
授業中に生徒が煩くて授業にならなかったから、怒って職員室に戻った教師がいたらしくて。
その人に啖呵切ったんだよ、姉貴。
教師失格だ、って。
何かされないか心配なんだよな」
「その話なら私も風の噂で。
そういう噂の類は、よく入ってくるのよ、私立高校の教師やってるとね。
その先生、担任教師にまでキレてたらしいよ。
教員免許、よく取れたわよね。
いっそのこと、問題行動起こしてくれれば免許剥奪出来るのに。
愛しの三上先生のピンチなら、有給くらい取れるわよね。
明後日、私と優弥と桜木くんで、乗り込んじゃう?
正瞭賢高等学園。
私たちの母校に。
ちょっと生徒の腑抜け具合も気になるしね。
レジェンドの偉大さ、ちょっと見せてやろうじゃないの」
もちろん、行くよね?
好きな女性を守らない男とか、一生結婚出来ないよ。
今が一世一代のチャンスかもしれないよ。
三上先生、私達が高校生の時からいろんな男子生徒がタイプだ、って言ってたし。
ボヤボヤしてると、他の人に取られちゃうよ?」
「そうですよ。
いい加減、姉貴を幸せにしてやって下さいませんか。
姉貴が結婚したら、プランナーは俺やる、っていうのが約束なんですよ」
帳の謎の迫力と、先生の弟に頭を下げられてしまっては、引き受けるしかない。
俺は縦に強く首を振ったのだった。
リモート飲み会から2日が経った日。
何とか有給はもぎ取った。
正瞭賢の昇降口も、そびえ立つ校門も、変わってない。
変わったのは、昇降口から教室に行くフロアに、掲げられている集合写真だ。
そこには、俺や帳、秋山や宝月らが写っていた。
そして、その横には、帳や秋山が学園に在籍している間の功績が新聞の形で纏められていた。
よくこんなの作ったな。
ある意味、今の生徒達が可哀想じゃないのか?
そう思った矢先、帳と優弥が同時に頷いた。
「目的、忘れてないよね?
桜木くん。
行こ!
多分、あの場所にいるわ。
知らないと思ったでしょうけどね、お生憎様。
昔、深月が閉じ込められてるのを助けた古い体育倉庫でもあるのよ。
……体育館横の、古い倉庫。
そこに、例の教師がいた。
誰かと向かい合っている2人の人影が見えた。
そのうちの片方は、俺がここ数日、顔を見たくてたまらない人だった。
ネイビーのタートルネックニットに、ツイードのフレアスカート。
いつの間に開けたのか、よく見ると華奢なピアスが揺れている。
帳と優弥の静止も、耳に入らなかった。
教師失格の男の手が三上先生の胸元に伸びる寸前で、俺は奴の手を掴んだ。
「ちょっと、秋山くん!」
「気安く触るの、よしてくださいよ。
俺の大事な恩師なんですけど。
その人」
本当は想い人だ、くらい言ってやりたかったが、このご時世、どこで誰が何を聞いているか分かったもんじゃない。
ここは極力、相手を刺激しないほうがよいと判断した。
「そうそう。
俺の先輩に何する気だったんですかねぇ?」
「何でもねぇよ!
レジェンドだか何だか知らないが、部外者が口挟むんじゃねぇ!
卒業生は、と今の学園には関係ない人間だろうがよ!」
「お、レジェンド、って名前は知ってくれてるんですね。
俺は関係大アリなんですよね、お生憎様。
数ヶ月後にはこの学園の教師になる身です。
一足早い見学はダメなんですかね?
ついでに、懐かしの母校を見学してただけじゃないですか」
優弥は、そう言いながらも、掴んだ手に力を込め続ける。
顔を見た帳が、近くにいた俺と三上先生に耳打ちしてくれた。
どうやらこの男。
電車内で他の乗客にイチャモンをつけて絡んだり、よりによって自分の学園の生徒に痴漢をしたりと、問題の多い人物だという。
たまたま正瞭賢の生徒が痴漢されているところに帳が居合わせたこともあるそうだ。
「まぁ、どのみち貴方は教師を続けられないわね。
電車内で痴漢をしたり、女性客や年配客にいちゃもんつけたり。
鉄道職員の間で要注意人物としてマークされてるらしいじゃない。
先月、私に思い切り踵落とし喰らったの、記憶にないのかしらね。
それにしても、怒って職員室に帰ったっきり授業をしないなんてね。
生徒たちの学ぶ権利を剥奪している時点で、教師失格だと思うけど。
ちなみに、私たちレジェンドと理事長は顔見知りよ。
この意味、分かるわよね?」
「うるせぇな、さっきからしゃしゃり出てきやがって!
お前には関係ねぇー!」
男性教師の蹴りを膝で止め、相手が予想外の事態に一瞬怯んだ隙に、強烈な金的を喰らわせたのだった。
俺は、決定的なその瞬間を見逃していた。
三上先生の肩をそっと引き寄せて、明日の夜は空いているかと話していたためだ。
「相変わらず容赦しねぇのな、琥珀」
優弥のその台詞と、未だに悶絶している教師を見やると、相当効いたのだろう、ということは分かった。
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