境界に立つ

富澤宏

第一章 終焉

山の頂で、風は音を立てず、雪は肌を刺すように冷たかった。

ワイオミングの山脈は、命を試すにはあまりに静かだった。


男は、近年稀に見る巨角のビッグホーン・シープを仕留めた。

それは、荒野の境界線を守ってきた自分への、山からの贈り物のように思えた。


だが、血の匂いは招かれざる客を呼ぶ。

風下から、二匹のグリズリーが音もなく姿を現した。


かつては互いに背を向け、領分を認め合っていた――牙を持つ、大自然の化身だった。

だが、本来は単独で動くはずの個体が二匹で現れたことに、わずかな違和感が走った。


二匹は飢えていた。

境界が、音を立てて崩れていく。


「……すまない」


一匹目の顎が上がった瞬間、指が落ちた。

乾いた破裂音が空気を裂いた。

二匹目が回り込もうとした時、二発目が間に合った。


次の瞬間、巨大な質量が男の意識を奪った。


通りかかった老練な密猟者は、巨角の獲物と二匹の熊、息も絶え絶えの若者を荷台に放り込んだ。


「面倒なものを拾ったな……」


男は独りごちた。

身分証と曲がった銃身を残したまま、夜へ消えた。


こうして、この世から一人のハンターは消えた。

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