005 終わりの始まりの、始まり ③

チャイムが鳴って各自が帰り支度を始める中、陽介は机の中からノートPCを取り出して軽く埃を払った。

いつもの手順だ。帰宅するわけでもないのに、なぜかこの瞬間だけは“切り替え”が必要になる。

廊下に出ると、放課後特有のざわめきがまとわりつく。

部活に向かう生徒、帰る生徒、階段を駆け下りる運動部の声。


その喧騒を横目に、陽介は部室へ歩き始めた。ちなみにコンピュータ部の部室は、パソコン室と同じだ。

理科棟の廊下は本校舎よりも静かで、ちょっとだけ空気が冷たい。

照明も少し暗く、階段の踊り場から差し込む光が細長い影を伸ばしている。


コンピュータ部の部室改めパソコン室は、その一番奥。

ほとんど人気がなく、たまに荷物を運ぶ先生とすれ違う程度。


扉の前に立つと、内側からキーボードを叩く音が微かに聞こえた。


――いつもの音。いつもの放課後。


陽介は小さく息を吸って、ノブに手をかけた。

ドアノブをひねり、ゆっくり押し開ける。


途端に、いつもの空気がふわりと流れ出した。


三十台ほど並ぶパソコン。

何も置かれていない作業机がいくつか。

壁には、色褪せた「部内ルール」の紙。

白と黒を基調にした、味気ないはずの空間。


けれどその中央で、ただ一人だけ雰囲気を変える存在がいた。


「よぉ、陽介」


くしゃくしゃの髪をかきむしりながら振り向いたのは、

同じ二年の 黒川倫。

言葉数は少ないが、コードにはめっぽう強い相棒だ。


「おぉ、倫。今日は早かったな」

「帰りのHR、秒で終わった」


短くそう言って、またキーボードを叩き始める。

その無骨さが、少しだけ安心する。

陽介も隣に腰を下ろし、ノートPCを開こうとした――

そのタイミングで、勢いよく扉が開いた。


「こんにちは、影浦先輩! 黒川先輩!」


声の主は、元気いっぱいの一年生、

星野そら。

明るくて少し幼い雰囲気だが、常識もしっかりしている。

部のムードメーカーでもあり、入ってくるだけで空気が一段明るくなる。


「おー、そら。今日はいつもより元気だな」

「もちろんです! 今日、新しいコード試したくて!」


いつもどおりのメンバー、いつもどおりの放課後。

陽介は静かに微笑むと、PCの電源を入れた。

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