ep.18 襲撃⑤
あの少女はどう見てもただの一般人だ。ゴウラは自分の感覚を疑い始めた。先程感じた違和感は気の所為だったのだろうかと。しかし一般人だろうが目撃されてしまったのなら放っては置けない。
「ただのガキか。死体を増やすのは面倒くせぇが、見られたならちゃんと始末しないとな」
目を閉じ、大袈裟にやれやれと首を数度左右に振った。だが、再び視線を戻すと、そこにいた筈の少女の姿は既に無かった。
「は?」
今度は自らの眼を疑い始める。確かに邪徒化によって理性が普段より効かなくなっている実感はあるが、今まで幻覚や幻聴の類は経験がない。そんな筈は。と辺りを見回すと、ようやく少女の姿を視界に捉えた。
「カエデ!しっかりして」
カリサが倒れている楓を軽く揺さぶり、声を掛ける。目を覚ます気配はないが、息はしている様だ。砕かれた脚があらぬ方向へと曲がっているが、それ以外に目立った外傷も見当たらない。
一先ず楓の無事を確認し、ほっと一息ついたのも束の間、敵ゴウラが追撃を加えに来たのか、後ろから何者かの気配を感じ、神器を構え素早く振り向いた。
「…だれ?」
だが、そこにいたのは見知らぬ少女。左手に茶色い紙袋を大切そうに抱え、中から何やら香ばしく少し甘い匂いが漂ってくる。突如現れた場違いな一般人の登場に、カリサは思考が追いつかず、そのまま倒れた楓の元へと少女が接近するのを許してしまう。
少女は無言のまま片膝を地面に付けると、楓の右腕を掬うように手に取り、その手の甲に自身の唇を押し付けた。
「なにやって…」
カリサが声をかけるも少女は構わず続けた。すると、楓の手の甲から放たれていた光が、少女の口へと吸い込まれるように消失していく。
(いったい何が起こって…)
呆気にとられたカリサだったが、空気を切り裂く気配を感じ取り視線を横へと動かすと、黒い光の玉がこちらへ飛んでくるのが見えた。ゴウラの追撃だ。その起動から三人まとめて吹き飛ばされる事を察知した。
咄嗟にベガルタを起動させ、敵の攻撃へと投擲した。少しでも軌道が逸れてくれたらと神頼みの行動だったが、願いが通じたのか黒い玉の軌道はカリサ達の斜め上へと逸れていった。
(今の一撃はあの女程度に干渉できる威力では無かった筈だが。どうなってやがる)
今のカリサとゴウラの戦闘力にはかなりの差がある。赤子と大人と言っても過言では無いほどの。
あの少女が現れてから何かがおかしい
楓から手を離した少女は立ち上がると、ゴウラの方へと振り向いた。
「すまないが、彼を頼む」
すれ違いざま、視線も合わせず、独り言のような囁きにも思える声だったが、状況を考えるとカリサへの言葉で間違いないだろう。
「ちょっと!危険だから近づいたら…っ」
少女の素性は知らないが、ゴウラの戦闘力はよく知っている。迂闊に接近していい相手では無い。しかし、先程の攻撃の反動によりカリサの身体は言う事を聞かない。
ゴウラは接近してくる少女へ狙いを定め、口を大きく開いた。既に相手が誰であろうと、加減など一切するつもりは無い。そのまま凝縮されたエネルギーの塊が、目の前の少女へと放出される。
「…どうなってんだ」
が、目標へと到達する前に黒い玉はかき消された。続けざまに数発撃ち込むが、どれも同じ結果だ。弾かれたとかそういった訳では無く、何も無かったかのように。自身の攻撃が少女に届く前に跡形もなく消されるのだ。
そのまま少女は前進を続け、やがて自身の間合いに入るまでの接近を許してしまった。
「どんなトリックかは解らないが、直接叩けば関係無いだろう」
ゴウラは自身の腕の筋肉を肥大化させると、そのまま大きく振りかぶる。ゴウラは接近戦の方が遥かに得意だった。組織の暗殺部隊の奴らとも互角以上に渡り合える自負もあり、実際にロイヤルの隊長クラスと殴り合いの末、仕留めた経験だってあった。
「駄目!」
カリサの絶叫も虚しく、ゴウラの全力の一撃がそのまま少女へと繰り出された。その威力は凄まじく、放たれた力は暴風へと変わり、周囲へと巻き散らかされる。
あまりの衝撃に離れていたカリサや、意識を失った楓までもその場から吹き飛ばされる。あれが人間に直撃してしまったのなら、跡形も残らないだろう。
―しかし
「…何故だ」
確実に仕留めた筈の少女は、目の前に悠然と立っていた。ゴウラが恐る恐る自分の拳へ視線をやると、少女の…香ばしい匂いが漂う袋を抱えているのとは反対の腕の‐人差し指が自身の拳にそっと添えられているのが確認できた。
(まさか指一本で…いや、ありえない!)
ゴウラは状況を呑み込むことが出来ずに、自身の放った一撃を振り返る。申し分ない威力で手応えも合った。少女の周りの大地は抉れ、近くにあった木々すらも吹き飛ばされている。自分の力に異常は見当たらない。
(なのにどうしてこいつだけ…)
「この力であの者達を傷つけたのか?」
ゴウラの頭の中では様々な思考が渦巻いていたが、少女の言葉で我に返った。
「わかりきった事を聞いて何の意味が…」
その時、ゴウラは自分の身体がピクリとも動かなくなっている事に気がついた。まるで全身が石になっているかのように-
「貴様…何者だ!何をした!?」
ゴウラの悲鳴に近い問いかけに対し、少し考え込むかのように目を閉じ、数秒程してからゆっくりと開いた。
「その問いには答えん。お前には生かす価値が無い」
何処か聞き覚えのあるその台詞に、ゴウラの脳裏には先程の少年の姿が過った。それから現実に意識を戻すと
少女の人差し指から白い光が溢れ出すのが見えた。光は収縮していき、やがて一羽の小さな羽毛のようなものへと形を変えた。
少女が指先にふっ と小さく息を吹きかけると、形成された羽毛が風に流されるようにふわふわとゴウラの元へ飛んでいき-
「なっ…」
羽毛が身体に着地したと同時にゴウラの姿は消え、その場には無数の赤い羽毛だけが散っていた。
「今のはいったい…」
吹き飛ばされた場所から、意識を失った楓を担ぎながらこの場へと戻って来たカリサは、この一部始終を目撃していた。
「あなた何者…?」
振り向いた少女と目が合うと、カリサの視界は暗くなり。意識も遮断された。
〜
『‐』
誰かの声がする。
『‐様』
真っ暗だ。いつの間にか寝ていたのか
『‐ス様』
そう言えば戦いの最中だったな。カリサは無事か?瞬もすぐに助けに行かないと。寝てる場合じゃない!
勢いよく目を開くと、正面に見知らぬ金髪の男性が座っていた。一応記憶を辿ってみるが、引っかかる人物は思い当たらない。
辺りを見渡すと、左右に小窓があるのと、部屋がガタガタと揺れている事から馬車の中である事に気がついた。
窓の外に目を向けると、青々とした大地と木々が広がっており、空も雲一つなく澄み渡っていた。現実では中々お目にかかれ無いほどの景色だ。
これは間違いなく夢だと核心出来る。しかし、頬を数度叩いても、痛みが残るだけで特に変化は起こらなかった。
「どうされたのですか!?」
その行動を見た目の前に座っていた男性が血相を変えて立ち上がった。さらには慌ててこちらへ近づいてくる。
「いやいや、大丈夫なんで!寝ぼけてただけ!」
こちらも慌てて男性を制止する。
「ほっ。取り乱してしまい、申し訳ございません。それはそうと、到着致しましたよ」
目的地についた馬車は停止し、ドアがゆっくりと開かれた。
言われるがまま馬車を降りると、数え切れない程の人達が片膝を付き、ひれ伏すかのように出迎えていた。鎧を身に着けている所から、一般人では無く皆兵士かなにかなのだろう。
「では参りましょうか。アレス様」
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