彼氏いない歴=年齢で死んだ私、異世界転生したら最強すぎてモテません。
かわうそ☆ゆう
第1話 29歳彼氏いない歴=年齢。異世界に転生しました
「佐倉さん、この資料、明日までで大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
即答だった。
どうせ私がやる。
そう分かっているから、皆、遠慮なく振ってくる。
佐倉美咲、二十九歳。
総務課の“便利な人”。
定時五分前。
フロアのあちこちから椅子を引く音がする。
「じゃあ、お先に失礼しまーす!」
若い声が通り過ぎていく。
笑い声。
デートの話。
「今日さ、彼氏が迎え来てくれるんだって?」
「いいなー!」
私は、キーボードを打つ手を止めない。
聞こえていないふりは、もう慣れた。
◆
「佐倉さん」
上司が声をかけてきた。
「この前の件、助かったよ。
君がいなかったら大変だった」
「いえ……」
「ほんと、仕事できるよね。またよろしくね!」
それだけ言って、去っていく。
――それだけ。
評価はされる。
でも、そこから先はない。
昇進の話も、飲みの誘いも、雑談も。
「完璧な部下」で終わる。
パソコンの画面に映る自分は、
相変わらず無表情だった。
メガネの奥の目は、少し疲れている。
「……私って、近寄りづらいのかな」
独り言は、誰にも届かない。
◆
残業を終え、会社を出る。
夜風が冷たい。
駅へ向かう途中、スマホが震えた。
母からだった。
『あんた、最近どう?
いい人いないの?』
既読をつけて、そっと画面を伏せる。
返す言葉が、ない。
誰かに選ばれる人生は、
私には縁がなかった。
「……もし、人生やり直せたら」
ぽつりと、こぼれた。
ため息を零しながら歩き続け、駅前の横断歩道に差しかかる。
夜の街は明るい。
ネオンと街灯、走り抜ける車のライト。
信号は青だった。
前を歩くのは、
スマホを見ながら歩いている高校生くらいの男の子。
イヤホンをしているせいか、
周囲が見えていない。
――危ない。
そう思った瞬間だった。
右折してくる車が、スピードを落とさず突っ込んでくる。
「っ……!」
声を出すより先に、体が動いた。
美咲は、男の子の腕を掴み、強く引いた。
「危な――」
次の瞬間、視界が回転した。
衝撃。
浮遊感。
地面が、遠ざかる。
あ、と思った。
――私、こういう時、いつもだ。
誰かが困っていたら、
自分のことは後回し。
仕事も、人生も、恋愛も。
(……でも)
一度くらい、
私だって選ばれたかったな。
ブレーキ音。
誰かの叫び声。
世界が、白く弾けた。
◆
「……あれ?」
目を開けると、真っ白な空間だった。
床も、壁も、天井もない。
なのに、落ちる感じはしない。
体は軽くて、痛みも、何もない。
「……私、生きて……」
「ないよ」
即答だった。
声の方を見ると、
ふわふわと光る何かが浮かんでいる。
「君、交通事故で即死」
「……」
言葉が、すぐには理解できなかった。
「……死んだ、んですか」
「うん」
やけに優しい声で、
でも現実を突きつけるみたいに。
「……そう、ですか」
思ったより、冷静だった。
泣き叫ぶと思っていた。
取り乱すと思っていた。
でも、違った。
「あの……」
美咲は、ゆっくり口を開く。
「私が、助けた男の子は……」
「無事だよ。ちゃんと生きてる」
その瞬間、胸の奥がきゅっと締まった。
「……よかった」
それは、本心だった。
命が助かったなら、
それだけは、本当に。
――でも。
次の瞬間、
別の感情が、じわじわと湧き上がってきた。
「……私」
声が、震える。
「私、二十九年間……」
喉の奥が、詰まる。
「彼氏、できなかったな……」
ぽつりと、落ちた言葉。
「仕事して、気づいたら三十手前で……誰かに手を伸ばされることも、選ばれることも、なくて……」
視界が、滲んだ。
「彼氏いない歴=年齢のまま、
死んだんですけど……?」
笑って言ったつもりだった。
でも声は震えていた。
初めて、
涙がこぼれた。
「私、何のために生きてたんだろ……」
助けた命はある。
誰かの役には立った。
でも。
「彼氏いない歴29年で死亡はあまりに酷すぎるんですけど……」
光の塊――神様が、
しばらく黙っていた。
その沈黙が、答えみたいに重かった。
「……君さ、最後の最後まで、自分のこと後回しだね」
「……だって……」
美咲は、唇を噛んだ。
「私だって、一度くらい……誰かの一番に、なってみたかった……」
言葉にした瞬間、
胸の奥が、空っぽになる。
「……だから」
神様が、静かに言った。
「君みたいな人生を、途中で終わらせるのは惜しい。次のステージ行ってみようか」
「……次?」
「異世界転生ってやつさ。剣と魔法。多種族。人生、やり直し」
美咲は、涙を拭った。
「……本当に?」
「今度は」
神様の声が、少しだけ強くなる。
「君が選ばれる番だ」
その言葉は、慰めでも同情でもなく、
宣告みたいに響いた。
「……恋愛、できますか」
「君って奴は…まぁ、できると思う」
「……彼氏、作れますか」
「ん〜…理論上は」
「濁しましたね?」
「盛りすぎたから」
その一言で、
この転生が素直な救済じゃない気がしてきた。
「え?」
「ごめん、強くしすぎた」
嫌な予感しかしない。
「でも大丈夫。名前も、見た目も、異世界仕様にしておいた」
「……名前?」
「佐倉美咲は地味」
「おいコラ親から貰った名前になんて事を」
「これからはリリア・ヴァルハート。年齢二十歳。
外見も、それなりに整えた」
「……」
美咲――リリアは、
拳を握りしめた。
「……今度こそ、誰かに選ばれたいです」
神様は、少しだけ笑った。
「そのつもりで、
送り出すよ」
――こうして私は、
彼氏いないまま死んだ女としての記憶と、
盛りすぎた力を抱えたまま、
異世界へ転生することになった。
「今度こそ」
その言葉だけを、
胸に残して。
◆
目を開けると、空があった。
どこまでも澄んだ青。
雲がゆっくり流れている。
「……あれ?」
体を起こすと、柔らかい草の感触が背中に伝わった。
風が吹き抜け、草原が波打つ。
「……生きてる?」
そう呟いてから、すぐに思い出す。
――あ、死んだんだった。
「……異世界、か」
ゆっくり立ち上がる。
ふらつきはない。
むしろ、驚くほど体が軽かった。
「……?」
違和感に気づき、胸元に手を当てる。
――あれ?
指先に触れたのは、
見慣れない感触。
「……え?」
視線を落とす。
そこには、
自分の知っている体とは明らかに違う輪郭があった。
「……」
しばらく、言葉が出なかった。
草の上に映る影を見る。
風に揺れる金色の髪。
青い瞳が、影の中で光っている。
「……だれ?」
喉が、ひくりと鳴る。
「……え、私?」
恐る恐る、髪を掴む。
さらりと指の間をすり抜けた。
「……ちょ、待って」
頬に触れる。
鼻筋。
輪郭。
――整ってる。
「……整いすぎじゃない?」
思わず本音が漏れた。
黒髪ロングにメガネ、
可もなく不可もなかったはずの自分は、
どこにもいない。
「……これ、モテないわけ、なくない?」
胸の奥が、きゅっと高鳴った。
「……神様、やるじゃん」
さっきまでの絶望が、
嘘みたいに遠ざかる。
――選ばれなかった人生。
――彼氏いないまま死んだ二十九年。
「……今度こそ」
風が、金色の髪を揺らした。
「今度こそ、ちゃんと恋愛できる!」
自分で言って、少し照れる。
「……二十歳だし」
精神年齢は二十九でも、
見た目は二十歳。
「大人の余裕、あるし」
自分で言って、
ちょっと悲しくなる。
それでも。
「……今度こそ、誰かに選ばれる人生、だよね?」
空を見上げる。
「……リリア・ヴァルハート」
新しい名前を、口の中で転がす。
不思議と、悪くなかった。
佐倉美咲として何も得られなかった人生を、
ここで終わらせていい気がした。
「よし」
小さく拳を握る。
「彼氏作るぞ、異世界で」
――この時の私は、
本気でそう思っていた。
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