彼氏いない歴=年齢で死んだ私、異世界転生したら最強すぎてモテません。

かわうそ☆ゆう

第1話 29歳彼氏いない歴=年齢。異世界に転生しました

「佐倉さん、この資料、明日までで大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫です」


即答だった。


どうせ私がやる。

そう分かっているから、皆、遠慮なく振ってくる。


佐倉美咲、二十九歳。

総務課の“便利な人”。


定時五分前。


フロアのあちこちから椅子を引く音がする。


「じゃあ、お先に失礼しまーす!」


若い声が通り過ぎていく。

笑い声。

デートの話。


「今日さ、彼氏が迎え来てくれるんだって?」


「いいなー!」


私は、キーボードを打つ手を止めない。

聞こえていないふりは、もう慣れた。


 

「佐倉さん」


上司が声をかけてきた。


「この前の件、助かったよ。

 君がいなかったら大変だった」


「いえ……」


「ほんと、仕事できるよね。またよろしくね!」


それだけ言って、去っていく。


――それだけ。


評価はされる。

でも、そこから先はない。

昇進の話も、飲みの誘いも、雑談も。


「完璧な部下」で終わる。

 

パソコンの画面に映る自分は、

相変わらず無表情だった。

メガネの奥の目は、少し疲れている。

 

「……私って、近寄りづらいのかな」


独り言は、誰にも届かない。


 

残業を終え、会社を出る。

夜風が冷たい。


駅へ向かう途中、スマホが震えた。

母からだった。


『あんた、最近どう?

 いい人いないの?』


既読をつけて、そっと画面を伏せる。


返す言葉が、ない。


誰かに選ばれる人生は、

私には縁がなかった。


「……もし、人生やり直せたら」


ぽつりと、こぼれた。


ため息を零しながら歩き続け、駅前の横断歩道に差しかかる。


夜の街は明るい。

ネオンと街灯、走り抜ける車のライト。

信号は青だった。

 

前を歩くのは、

スマホを見ながら歩いている高校生くらいの男の子。

イヤホンをしているせいか、

周囲が見えていない。

 

――危ない。

 

そう思った瞬間だった。

右折してくる車が、スピードを落とさず突っ込んでくる。


「っ……!」


声を出すより先に、体が動いた。

美咲は、男の子の腕を掴み、強く引いた。

 

「危な――」

 

次の瞬間、視界が回転した。

 

衝撃。

浮遊感。

地面が、遠ざかる。

 

あ、と思った。

 

――私、こういう時、いつもだ。

 

誰かが困っていたら、

自分のことは後回し。

仕事も、人生も、恋愛も。

 

(……でも)

 

一度くらい、

私だって選ばれたかったな。

 

ブレーキ音。

誰かの叫び声。

世界が、白く弾けた。



「……あれ?」

 

目を開けると、真っ白な空間だった。

床も、壁も、天井もない。


なのに、落ちる感じはしない。

体は軽くて、痛みも、何もない。

 

「……私、生きて……」

 

「ないよ」

 

即答だった。

 

声の方を見ると、

ふわふわと光る何かが浮かんでいる。

 

「君、交通事故で即死」

 

「……」

 

言葉が、すぐには理解できなかった。

 

「……死んだ、んですか」

 

「うん」

 

やけに優しい声で、

でも現実を突きつけるみたいに。

 

「……そう、ですか」

 

思ったより、冷静だった。

泣き叫ぶと思っていた。

取り乱すと思っていた。

 

でも、違った。

 

「あの……」

 

美咲は、ゆっくり口を開く。

 

「私が、助けた男の子は……」

 

「無事だよ。ちゃんと生きてる」

 

その瞬間、胸の奥がきゅっと締まった。

 

「……よかった」

 

それは、本心だった。

命が助かったなら、

それだけは、本当に。

 

――でも。

 

次の瞬間、

別の感情が、じわじわと湧き上がってきた。

 

「……私」

 

声が、震える。

 

「私、二十九年間……」

 

喉の奥が、詰まる。

 

「彼氏、できなかったな……」

 

ぽつりと、落ちた言葉。

 

「仕事して、気づいたら三十手前で……誰かに手を伸ばされることも、選ばれることも、なくて……」

 

視界が、滲んだ。

 

「彼氏いない歴=年齢のまま、

 死んだんですけど……?」

 

笑って言ったつもりだった。

でも声は震えていた。


初めて、

涙がこぼれた。

 

「私、何のために生きてたんだろ……」

 

助けた命はある。

誰かの役には立った。

 

でも。

 

「彼氏いない歴29年で死亡はあまりに酷すぎるんですけど……」

 

光の塊――神様が、

しばらく黙っていた。

その沈黙が、答えみたいに重かった。

 

「……君さ、最後の最後まで、自分のこと後回しだね」

 

「……だって……」

 

美咲は、唇を噛んだ。

 

「私だって、一度くらい……誰かの一番に、なってみたかった……」

 

言葉にした瞬間、

胸の奥が、空っぽになる。

 

「……だから」

 

神様が、静かに言った。

 

「君みたいな人生を、途中で終わらせるのは惜しい。次のステージ行ってみようか」


「……次?」

 

「異世界転生ってやつさ。剣と魔法。多種族。人生、やり直し」

 

美咲は、涙を拭った。

 

「……本当に?」

 

「今度は」

 

神様の声が、少しだけ強くなる。

 

「君が選ばれる番だ」


その言葉は、慰めでも同情でもなく、

宣告みたいに響いた。

 

「……恋愛、できますか」

 

「君って奴は…まぁ、できると思う」

 

「……彼氏、作れますか」

 

「ん〜…理論上は」

 

「濁しましたね?」

 

「盛りすぎたから」


その一言で、

この転生が素直な救済じゃない気がしてきた。

 

「え?」

 

「ごめん、強くしすぎた」

 

嫌な予感しかしない。

 

「でも大丈夫。名前も、見た目も、異世界仕様にしておいた」

 

「……名前?」

 

「佐倉美咲は地味」

 

「おいコラ親から貰った名前になんて事を」

 

 

「これからはリリア・ヴァルハート。年齢二十歳。

 外見も、それなりに整えた」

 

「……」

 

美咲――リリアは、

拳を握りしめた。

 

「……今度こそ、誰かに選ばれたいです」

 

神様は、少しだけ笑った。

 

「そのつもりで、

 送り出すよ」

 

――こうして私は、

彼氏いないまま死んだ女としての記憶と、

盛りすぎた力を抱えたまま、

異世界へ転生することになった。

 

「今度こそ」

 

その言葉だけを、

胸に残して。



目を開けると、空があった。

 

どこまでも澄んだ青。

雲がゆっくり流れている。

 

「……あれ?」

 

体を起こすと、柔らかい草の感触が背中に伝わった。

風が吹き抜け、草原が波打つ。

 

「……生きてる?」

 

そう呟いてから、すぐに思い出す。

 

――あ、死んだんだった。

 

「……異世界、か」

 

ゆっくり立ち上がる。

ふらつきはない。

むしろ、驚くほど体が軽かった。

 

「……?」

 

違和感に気づき、胸元に手を当てる。

 

――あれ?

 

指先に触れたのは、

見慣れない感触。

 

「……え?」

 

視線を落とす。

 

そこには、

自分の知っている体とは明らかに違う輪郭があった。

 

「……」

 

しばらく、言葉が出なかった。

 

草の上に映る影を見る。

風に揺れる金色の髪。

青い瞳が、影の中で光っている。

 

「……だれ?」

 

喉が、ひくりと鳴る。

 

「……え、私?」

 

恐る恐る、髪を掴む。

さらりと指の間をすり抜けた。

 

「……ちょ、待って」

 

頬に触れる。

鼻筋。

輪郭。

 

――整ってる。

 

「……整いすぎじゃない?」

 

思わず本音が漏れた。

 

黒髪ロングにメガネ、

可もなく不可もなかったはずの自分は、

どこにもいない。

 

「……これ、モテないわけ、なくない?」

 

胸の奥が、きゅっと高鳴った。

 

「……神様、やるじゃん」

 

さっきまでの絶望が、

嘘みたいに遠ざかる。

 

――選ばれなかった人生。

――彼氏いないまま死んだ二十九年。

 

「……今度こそ」

 

風が、金色の髪を揺らした。

 

「今度こそ、ちゃんと恋愛できる!」

 

自分で言って、少し照れる。

 

「……二十歳だし」

 

精神年齢は二十九でも、

見た目は二十歳。

 

「大人の余裕、あるし」

 

自分で言って、

ちょっと悲しくなる。

 

それでも。

 

「……今度こそ、誰かに選ばれる人生、だよね?」

 

空を見上げる。

 

「……リリア・ヴァルハート」

 

新しい名前を、口の中で転がす。

 

不思議と、悪くなかった。


佐倉美咲として何も得られなかった人生を、

ここで終わらせていい気がした。

 

「よし」

 

小さく拳を握る。

 

「彼氏作るぞ、異世界で」

 

――この時の私は、

本気でそう思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る