第九章:倫理の境界線

金曜日の夜、ミクは涼太(24)とバーで会っていた。


大学院で心理学を専攻する涼太は、ミクの「倫理規定」に興味を持ったようだ。


「ミクさんって、複数の人と会ってるけど、罪悪感とかないんですか?」


「ないわ。だって、誰とも『独占し合う関係』になってないから」


ミクはグラスを軽く揺らしながら、ゆっくりと説明した。


「私のルールはシンプルよ。第一に、未成年とは絶対に関わらない。第二に、『彼氏・彼女』という関係を正式に結んでいない限り、複数の人と会うことは浮気ではない、って自分で決めてるの」


涼太が首をかしげた。


「でも、相手がミクさんだけを想ってる可能性もあるじゃないですか。それって不公平じゃ…」


「だからこそ、最初にはっきり言うのよ。『私は自由な付き合いをしてる。独占されたくないし、私も独占しない』って」


ミクの目は真剣だった。


「これを伝えた上で、それでも会いたいって言ってくれる人だけと会ってる。騙したり、誤解を与えたりするつもりはないの。透明性が大事だと思ってる」


涼太は考え込むようにうつむいた。


「…難しい問題だな。でも、ミクさんはしっかり考えてるんだね」


「考えないとね。だって、これが私の生き方なんだから」


ミクはグラスに口をつけた。


このルールは、彼女が30歳で年下好きに目覚めて以来、試行錯誤を重ねて築いてきたものだ。


最初は罪悪感に悩んだこともある。


でも、自分と相手を傷つけない方法を模索するうちに、今のスタイルに落ち着いた。


もちろん、これが絶対に正解だとも限らないが、不正解だとも…。


相手との触れ合いで、ときどき迷うときもある。


こういうときは自分で決めたことが、正解だと思って、再認識するようにしてる。


「ちなみに」とミクは少し笑みを浮かべて言った。


「私、純愛を否定してるわけじゃないのよ。ただ、今の私に合った形を選んでるだけ。いつか『この人だけ』って思う人が現れたら、そのときはそのときだと思ってる」


涼太はようやく顔を上げ、小さくうなずいた。


「…わかりました。ミクさんは、ちゃんと自分と向き合ってるんですね」


その夜、家に帰ったミクはSNSを開いた。


倫理についての質問がいくつか届いていた。


一つ一つ丁寧に返信しながら、彼女は思った。


境界線を引くこと。


それを守ること。


そして、時には見直すこと――これが、自由であり続けるための代償なのだと。


(続く)

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