第14話 絶望と破壊神

 食堂を包んでいた多幸感は、祝福の拍手を物理的に粉砕する衝撃によって、一瞬で地獄へと塗り替えられた。


 ドォォォォォンッ!!


 食堂の防音壁を容易く貫通したのは、帝国軍の120mm対艦徹甲弾。

 至近距離からの直撃だ。

 第一艦隊旗艦『大和』の巨大な船体が、断末魔のような軋み声を上げて大きく傾ぎ、その反動で食堂の巨大な強化ガラスが、内側へ向かって鋭利な散弾となって爆発した。


「敵襲ッ! 帝国軍第十三巡洋艦隊だ!」

「増援だと!? バカな、早過ぎるぞ!」


 悲鳴と警報、自動消火装置の噴霧が視界を遮る中、カイの身体は思考よりも速く反応していた。  彼はトレイを投げ出し、椅子を蹴り飛ばすようにして、数メートル先にいたミナの車椅子へと跳んだ。


「ミナ、俺の手を離すなッ!」

「カイ……ッ!」


 ミナを抱き抱えてカイは走り出す。食堂を出て格納庫へと続く通路は、すでに阿鼻叫喚の屠殺場と化していた。

 右舷側から絶え間なく降り注ぐ20mm機関砲弾の掃射が、艦壁を紙細工のように穿ち、跳弾が逃げ惑う兵士たちの四肢を容赦なく引きちぎっていく。


「目をつぶれミナ、俺が守る!」


 カイは不自由な足のミナを守るように、己の背中を盾にして、爆炎と破片の中を疾走した。

 背後で再び120mm砲弾が炸裂し、その爆圧が鼓膜を激しく揺さぶる。

 カイは一歩進むたびに、胸の中で震える彼女の鼓動を確かめるように、力を込めた。


「もう少しだ! 格納庫が見える、あそこならアスラがある!」


 ミナは、手に力が入らず、カイの腕の力だけに全存在を預けていた。 

 汗と涙にまみれ、恐怖に顔を歪めた彼女が必死にカイのシャツに食らいつく。

 二人の間を繋ぐのは、機体制御で鍛え上げられたカイの鋼の腕力だけだった。


 格納庫への最終ストレート、わずか三十メートルの直線通路。  

 運命は、あまりにも無慈悲な一弾によって断ち切られた。


 艦底から突き上げるような衝撃。

 何かの直撃だ。  

 足元の鋼鉄の床が、地下から巨大な獣に突き上げられたかのように飴細工のごとく捻れ上がり、噴出した高圧蒸気と爆風が、二人の間に残酷な断絶を刻んだ。


「ガハッ……!」


 カイの体は壁に叩きつけられ、視界が真っ白な閃光に飲み込まれた。  

 数秒後、耳鳴りの中で必死に酸素を吸い込み、煙を吐き出しながら立ち上がったカイは、自分の右手に「確かな重み」を感じていた。


「……はぁ、……ミナ、無事か。……ミナ?」


 カイは、握りしめていたミナの右手を引き寄せた。  

 そこにあったのは、ミナの「右手」だけだった。


 肘の少し下から爆風の剪断力によって引き千切られ、純白のシャツの袖がどす黒く染まった、彼女の残滓。  

 煙の向こう側、通路は完全に崩落し、ミナがいたはずの場所はただ、虚無の暗闇と猛火が渦巻いているだけだった。


「……あ」


 カイの口から、乾いた音が漏れた。   「あ……あぁ……。あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 その慟哭は、もはや人間のものではなかった。  カイは震える手でミナの「千切れた腕」を抱いたまま、血塗れの姿で格納庫に鎮座する漆黒の『アスラ』へと歩み寄った。


 そこには、整備班によって牙を研がれ、全弾薬を装填された漆黒の「破壊神」――『Y-S01w アスラ』が静かに、だが殺気立って鎮座していた。

 

「アスラ 緊急発進シークエンスを開始する。オペレーター」

「艦橋了解。カイ少佐、お願いします。」


 カイはハッチへ飛び込み、衝撃でひび割れたシートに身体を叩きつけた。

 ミナの血に濡れて滑る指が、正確にコンソールの物理スイッチを弾く。

「アスラ、主反応炉点火。マンガニス・リアクター、全基始動」

「特務少佐。 待ってください、艦内の誘導システムがダウンしています。 カタパルトの使用ができません。海面に自機のみの推力では……」

「すすめろ。『このアスラ』は大丈夫だ」

「そしてサカモト教官が完璧に仕上げた機体だ。144mmの予備弾倉、ミサイルパッド、パイルバンカーの薬莢……すべて充填されているのは確認済みだ。……門を開けろ。一兵も残さず、この海の塵にしてやる」

「了解、艦橋……了解」

「アスラ専用射出口、カタパルト無し、マニュアルで解放」

「艦尾、アスラ射出口、解放完了」

「艦橋了解、艦橋からアスラ。マニュアルにて発艦準備完了」

「艦橋からアスラ。最終拘束装置解放。発艦せよ」

 キィィィィィィィン……ッ!  


 空液冷ハイブリッド型冷却システムが咆哮を上げ、マンガニスの唸りがコックピットを揺らす。


「了解……! アスラ、機内リミッター解除! マンガニス主反応炉、強制昇圧! 冷却系、最大回転!」

「艦橋からアスラ。ご武運を。あなたしかいません」

「アスラ了解……皆殺しだ。見ていてくれ。そして……頼む、オペレーター。ミナが、ミナが……」

「格納庫で、腕だけを残して消えた。たぶん120mmだ。頼む…………」

 刹那、アスラは高速で艦内を疾走する。

「カイ・イサギ、アスラ……出るッ!!」


「艦橋了解、全力で捜索します。絶対に探しますから!」

 女性オペレーターの叫ぶような残響を残しアスラは海面に出る。


 爆発的な加速。

 解き放たれた漆黒の機体は、炎上する『大和』の艦腹から、荒れ狂う冬の海へと身を投げ出した。

 通常、20トンを超えるシュテルツァーが着水すれば、即座に海中へ没し、マンガニスの急性冷却で爆発する。

 だが、アスラは、帝国の技術者が「理論上のみ可能だが実現は不可能」として封印した伝説の機動を現出させた。


 アスラの足底部、三連駆動ローラーが毎分三万回転という超音速域まで加速。

 同時に、カイは足元のフットペダルをミリ単位で微調整し、足首のベクターノズルから数千度の高圧プラズマガスを海面へ叩きつけた。

 水蒸気爆発による激しい反発力と、ローラーの超高速回転が生み出す表面張力の強制利用。  

 海面と自機の放出するプラズマガスの「歪み」を、0.01ミリ秒単位の重心制御でねじ伏せた。


 着水の刹那、カイはスロットルを最大まで押し込み、敵巡洋艦へと肉薄した。

「まずは一隻」  

 海面を滑走するアスラの右腕が、敵巡洋艦の喫水線――装甲が最も薄い水線下を捉えた。  

 ガシュゥゥゥンッ!!  

 通常兵装のパイルバンカーの1.8倍の炸薬を用いた特殊パイルバンカーが唸りを上げ、超硬質の杭が艦底を粉砕。爆圧が艦内に逆流し、巨大な巡洋艦が文字通り「跳ね上がった」。

 巨大な巡洋艦が、即座に傾きはじめる。


 カイはその反動すらも機動エネルギーへ変換する。

 パイルバンカーの逆スイングに合わせて脚部独立マンガニス推進器を全開。

 アスラは海面を蹴り、高度210メートルの極致へと跳躍した。  

 空中で機体をひねり、眼下に広がる敵艦隊を一望する。


「消えろ」  

 急降下を開始。落下速度を旋回エネルギーに変え、144mmライフルのトリガーを引く。

 狙うは艦隊全域の「艦橋」だ。  

 ドンッ! ドンッ! ドンッ!  

 独特の「歪み」を持つ弾道を、カイは機体の姿勢制御で「誘導」へと変える。

 落下しながら放たれた弾丸は、一糸乱れぬ精度で全弾が敵駆逐艦、巡洋艦の艦橋窓を貫通し、内部の指揮官たちを肉片へと変えていく。


 着水。

 巨大な水柱が舞う中、カイは操縦桿の親指スイッチを叩き込んだ。

「ミサイル、射出!」  

 肩部ミサイルパッドから4発の有線誘導ミサイルが、海面数センチを這うように射出される。

 そして基部パッドは、即パージされ身軽になる。

 カイは指先でワイヤーを操り、左右に展開する二隻の巡洋艦の喫水線へと同時に突き刺した。  

 ドォォォォォォォッ!!  

 両舷で上がる絶望の火柱。

 喫水線に着弾した駆逐艦は二隻とも支え合うような形に傾斜し、お互いの艦橋を破壊し合いながら姿勢を崩していく。

 アスラはその二艦の間を疾走する。

 そのとき、前方海面が盛り上がっているのに気がつく。

 急速潜航を開始しようとしていた帝国潜水艦だ。

 「逃がすか!」  

 カイはアスラを再跳躍させ、滞空しながら

 144mmライフルを連射。

 海面に半ば没した潜水艦の艦橋(セイル)を、鋼鉄の杭を打つかのような正確さで撃ち抜く。

 耐圧殻が弾け飛び、潜水艦は泡を吹いて急速潜航より早い速度で沈降して深海へと消えていった。

 さらに空中で身を翻したカイの視界に、魚雷装填中の駆逐艦数隻が映る。  

 カイは急降下のベクトルを調整し、脚部スラスターの指向性を一点に集中。

 駆逐艦の魚雷発射管をライフルで狙い撃った。  チュドォォォォンッ!!  

 魚雷発射管の誘爆。

 続いてさらに大きな爆発音が続く。

 ドゴオォォォォォォォォォォォォン!!!

 魚雷の爆発が弾薬庫へと連鎖し、駆逐艦の船体が真っ二つに折れ、爆煙の中に消える。


 一時間にも満たない時間で、帝国軍第十三巡洋艦隊、積載した百二機のシュテルツァーと随伴艦すべて。  

 かつて二百機を屠った「神の操縦」は、今や愛する者を奪われた「破壊神の蹂躙」へと至っていた。

 海面には、帝国の流した重油の虹色と、もはや原型を留めない鉄屑が死の海を作っていた。

 帝国のものでまともに浮いているものは、もはやこの海域には存在しなかった。

 静寂。  

 過熱したハイブリッドファンがキーンという高周波音を響かせる中、アスラは海面を静かに滑り立ち尽くしていた。  

 射出口から大和に着艦する。

 整備班の補助によりハッチが開き、カイが外へ這い出る。  

 その手には、血に染まった、ミナの「右手」が握られていた。


「……ミナ。ミナ……。一緒に、暮らそう……。俺が、君の足になるって……約束したから……」

 朝日が昇り、黒く汚れた海を無慈悲に照らし出す。  

 史上最強の操縦士は、世界から敵を消し去り、自らの魂をも焼き切った。  

 風に舞うのは、叶わなかったプロポーズの残響と、硝煙の匂いだけだった。

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