第8話 ツィーダの町
龍は思った、静かだと。いつもの少年がやってこない雪山の頂上。退屈だと龍が鳴いて、風が撫でる。慰めなどいらぬとため息をつき、ツィーダの町の方角へと吠える。届くことはない声が悲しく虚空へと消える。
ビートは危険な草原の夜を越える。
早めに起きて、朝日が差し込んだ街道を歩く。するとしばらくするとツィーダの町にたどり着く。石の城壁の香りが守るは人。雪山とは違う匂いに、ビートとシーナは目を輝かせる。
ラトスが衛兵に挨拶をして城壁の中へと入る。入ってすぐに食べ物の匂いが漂ってくる。一番にパン、白いパンの店が目の前に現れる。そして、次は魚、続いて肉。どちらも焼けた匂いが二人の鼻をくすぐる。
雪山では嗅げない匂い。涎が出てることに気が付いたビートは物欲しそうにラトスを見つめる。
「はは、じゃあ、まずは食事にしようか」
二人の家族を優先するラトス。彼は出店の肉を焼いているお店に顔を出す。
二人分の商品を買うと手渡す。更に魚を塩スープで煮込んだ料理も買う。城壁の段差に座って三人でお腹を満たす。
肉は柔らかくはない、それでも歯が通ると肉汁が口内いっぱいに溢れる。魚はスープで煮込んでいるから骨まで柔らかくなってる。木のスプーンでほぐして掬う。口に入れると魚の出しでうまみの溢れるスープも味わえる。ビートは初めての味で頬が落ちそうなくらい美味しくて、涙が出てくる。
それはシーナも同じだった。自分の作った料理がどれだけランクの低いものなのかを理解してしまう。思わず、ビートに『今までの料理は料理じゃなかったね。ごめんねビート』と言ってしまう程だった。
それからシーナは出店を見て回ると、料理の仕方などを細かく聞いたり調べたりした。教えてくれない人には無理に教わらずに、母として成長しようと試みた。その様子にラトスは微笑だ。
「お母さんはいいお母さんだ」
ラトスの言葉にビートは満面の笑みを向ける。勉強熱心なシーナと更に白いパンを食べながら町を歩く。
白いパンは鼻いっぱいに広がる小麦の香りで二人は幸せになった。今まで食べていた黒いパンはパンじゃなかった。あれはただの石だ。そう感じた二人だった。
ラトスは真剣な表情になる。手に持つはダッツの鉄のタグ。冒険者は登録するとタグを受け取る。名前とランクの書かれたタグだ。
冒険者は死体を回収することが困難な時がある。その時の為にタグが存在する。タグはその人の生死を知らせる為にある。
すなわち、タグだけが帰ってきたということは死を意味してる。
「ああ……。ダッツ、だから言ったのに」
彼の家の扉を叩く。そして、無言でタグを見せるラトス。
泣き崩れる恰幅のいい女将さん。子供もいて、なにが起きているのかわからずに人差し指を口にくわえてる。
ビートはその様子を見て胸を抑える。僕がもっと早く彼を見つけて、落ちる前に助けることができてたら。そう思って締め付けられる胸を抑えた。
ビートは力いっぱい胸を抑える。痛みが襲い掛かってもそのまま胸を抑えた。涙がこみあげてくる。女将さんの声が襲い掛かってくる。ビートを攻めているわけじゃない、ラトスを攻めているわけでもない悲鳴。それはビートが支えられるようなものじゃなかった。
「ビート。あなたのおかげでダッツさんは帰ってこれたの。見てあげて」
シーナは涙を流しながら女将を見つめる。ビートに声をかけながら真っすぐと彼女を見つめた。
人は死んでも帰ってこれない。死体は動物の餌に、魂は死神に刈られてしまう。でも、身に着けていたものが帰ってくれば、救われるの。シーナは途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
女将は救われた。そう話すシーナの言葉にビートは納得できずに俯く。生きて帰ってきた方がいいに決まってる。僕なら救えたのに、そう思って口を紡ぐ。
「ありがとうございます。お墓まで作ってくれたんですね」
ダッツのお墓は雪山に作られた。頂上まではいけなかったけれど、ビートの好きな雪の葉の天井のある森に埋められた。女将はお礼を言って笑ってくれる。ビートはそれを見て、少し救われた気持ちになった。
でも、助けられたら一番よかった。再度、そう思って拳を握る。
「あの子3歳だってさ。下の子はまだ赤ん坊。これから一人で育てるみたいだ」
ラトスの言葉に悔しさが滲む。ビートもまた割り切れない気持ちがこみあげてくる。シーナが手を握ってくれるけれど、自分を許せない気持ちになってくる。こんな不思議な力を持っているのにっと。
町に来てラトスは食べ物をいくつか買う。そして、薬の材料も買えるだけ買った。
薬の材料を売っていたお店。レッシーの店で店主を話しをすると奥の部屋へと入っていく。二人も一緒に入っていくと、ラトスが薬を調合し始める。
「少しお金を稼ぐよ。ダッツの奥さんにも少しだけ渡す」
二人を見てニッコリと微笑むラトス。青い草と緑の草をすりつぶして、赤い実を加えていく。水を煮立たせて、そこにすべて入れて混ぜていく。熱を冷まさせて革袋に入れていく。完全に冷めるまで同じ工程を繰り返していく。
10個程作り終えると、店主に5袋手渡して金貨2枚を受け取る。残りの5袋は自分の荷物に入れていく。
「レッシーさん。ありがとうございます」
「礼を言うのはこっちさね。ひっひっひ、いつでも来な。働かせてやるからね」
店主のレッシーさんにお礼を言うと再度ダッツの女将のところへと向かう。そして、残りの5袋のうち、3袋を手渡して立ち去る。あれは何だろうと思った二人は袋の中身が赤いことに気が付く。お母さんを治したポーション? ビートはそう思って誇らしくラトスを見つめた。
やっぱりラトスは人を助けられる人だ。自分でポーションが作れるんだ。
まるで自分のことのように誇らしくて、嬉しかった彼はラトスに抱き着いた。満面の笑みで彼の頭を撫でるラトス。ラトスもまた誇らしかった。ビートがダッツを助けたことが。
ビートがダッツを連れてこれなかったら、誰にも知られずに氷の大地で死ぬことになっていたのだから。言葉にしてもわからないと思ったラトスはただ笑顔で撫でることしかできなかった。でも、とても温かい。
ドラゴンの卵もまた、二人を誇らしく温める。城壁の中の町はとても温かい。三人は悲しみを胸に街並みを歩く。
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