第9話「広がる世界」



---


転生から二ヶ月が経った。


私の狩りは、安定してきた。


腐食毒のおかげで、小さな獲物なら確実に仕留められる。毒耐性のおかげで、多少の毒なら耐えられる。


レベルは9になった。もう少しで二桁だ。


「そろそろ、行動範囲を広げようかな」


今まで、私は上層の北側エリアだけで活動していた。


安全だから。地理を把握しているから。


でも、同じ場所にいると、獲物が減る。小さな虫たちも、私を警戒し始めている。


「新しい狩場が必要」


私は、上層の南側エリアに足を——翅を伸ばすことにした。


南側は、まだ行ったことがない。どんな魔物がいるか分からない。


危険かもしれない。


でも、成長するためには、リスクを取らないといけない。


「慎重に、でも大胆に」


私は隠れ家を出て、南へ向かった。


見慣れた通路を抜け、境界線を越える。


「ここからが、未知の領域」


空気が、少し変わった気がする。


湿気が多い。苔が壁に生えている。水の匂いがする。


「湿地帯……みたいな場所?」


北側とは、明らかに環境が違う。


これは、獲物の種類も違うかもしれない。


私は天井に張り付きながら、慎重に進んだ。


複眼で全方位を警戒する。危機感知を研ぎ澄ます。


しばらく進むと、開けた場所に出た。


「おお……」


大きな空洞。天井から水が滴り落ちている。


地面には水たまりがいくつもあり、苔や菌類が生えている。


そして——生き物がたくさんいた。


ナメクジ。ヤスデ。小さなカタツムリ。湿気を好む虫たち。


「……楽園じゃん」


私の目には、全部が「獲物」に見えた。


北側より、明らかに虫の数が多い。しかも、動きの遅いやつばかり。


「ここを新しい狩場にしよう」


決めた。


でも、まずは観察だ。いきなり狩りを始めるのは危険。


私は天井の隅に張り付いて、この空洞を観察することにした。


どんな魔物がいるか。どんな生態系があるか。危険な存在はいないか。


一時間ほど、じっと見ていた。


分かったこと。


一、ここには小さな虫が多い。私の獲物に最適。


二、大きな魔物は見当たらない。比較的安全。


三、水場がある。水分補給に便利。


四、天井が高い。逃げ場所を確保しやすい。


「完璧じゃん」


ここは、私にとって理想的な狩場だ。


でも、油断は禁物。まだ見えていない危険があるかもしれない。


「今日は下見だけにしよう」


私は空洞を記憶に刻み、北側の隠れ家に戻った。


明日から、少しずつこの場所を開拓していこう。


「南側、いい感じ」


行動範囲を広げたことで、可能性も広がった。


このペースなら、もっと早く成長できる。


「レベル10も、すぐだな」


期待に胸を膨らませながら、私は眠りについた。


翌日。


私は再び南側の空洞に向かった。


今日は、実際に狩りをしてみる。


「まずは、あいつから」


小さなナメクジを見つけた。私より少し小さい。動きは遅い。


楽勝だ。


いつものように急降下し、腐食毒を注入する。


ナメクジは一瞬で動きを止めた。


《経験値を獲得しました》


「よし」


次。


ヤスデを見つけた。私と同じくらいのサイズ。


これも問題なく仕留めた。


《経験値を獲得しました》


「いいペース」


次々と獲物を狩っていく。


ナメクジ。ヤスデ。小さな甲虫。ダンゴムシ。


北側より、明らかに効率がいい。


「ここ、最高かも」


調子に乗りそうになる。


でも、自分を戒める。油断したら死ぬ。それは、何度も学んだことだ。


「慎重に、慎重に……」


そう思った、その時だった。


ぞわり。


危機感知が反応した。


「っ!」


咄嗟に飛び上がる。


直後、私がいた場所を何かが通り過ぎた。


舌だ。


長い、粘着質の舌。


「カエル……!」


水たまりの中から、カエルの魔物が顔を出していた。


体長は三十センチくらい。私の何倍もある。


さっきまで、全然気づかなかった。水の中に隠れていたのだ。


「やば……」


逃げないと。


私は全力で天井に向かって飛んだ。


カエルがまた舌を伸ばしてくる。


躱す。躱す。必死で躱す。


「しつこい……!」


天井に張り付いた。


カエルが下から睨んでいる。でも、ここまでは届かない。


しばらく睨み合っていたが、カエルは諦めて水の中に戻っていった。


「……危なかった」


また、死にかけた。


新しい狩場には、新しい危険がある。当たり前のことを、忘れていた。


「カエルか……水の中に隠れてるのは、盲点だった」


反省。


この空洞には、カエルがいる。水たまりの近くは危険だ。


「水場には近づかない。高い場所で狩りをする」


新しいルールを決めた。


失敗から学ぶ。それが、私の生き方だ。


「でも、ここを諦める必要はない」


カエルを避ければ、いい狩場であることに変わりない。


危険を把握して、対策を立てる。それだけだ。


「よし、続けよう」


私は狩りを再開した。


今度は、水たまりから離れた場所で。


天井近くにいる虫だけを狙う。


慎重に、確実に。


《経験値を獲得しました》


《経験値を獲得しました》


《レベルが10になりました》


「……来た」


レベル10。


二桁に到達した。


転生から二ヶ月。ようやく、ここまで——


その時だった。


視界に、見たことのない表示が浮かんだ。


《進化条件を満たしました》

《以下の進化先から選択してください》


「進化……!?」


心臓が跳ねた。いや、蠅に心臓はないけど、そんな気分だ。


ついに来た。この時を、ずっと待っていた。


《進化先一覧》


一、スモールフライ

  基本的な成長形態。全ステータスが平均的に上昇。


二、スモールポイズンフライ

  毒に特化した形態。毒系スキルが強化される。


三、スモールスカベンジャーフライ

  屍食に特化した形態。死体からの経験値獲得量が増加。


「三択……」


どれを選ぶか。


スモールフライは無難だ。バランス型。でも、特徴がない。


スモールスカベンジャーフライは、死体漁りに特化。でも、今の私は狩りをしている。方向性が違う。


スモールポイズンフライ——毒特化。


「これしかない」


私の武器は、腐食毒だ。毒で戦い、毒で生き延びてきた。


なら、その方向を伸ばすべきだ。


「スモールポイズンフライで」


選択を確定する。


《スモールポイズンフライに進化します》


体が、光に包まれた。


熱い。でも、痛くない。


体の中で、何かが変わっていく感覚。


「う……っ」


意識が遠のく——


どれくらい経っただろう。


気がつくと、私は空洞の天井に張り付いていた。


「……終わった?」


体を確認する。


大きくなっている。前の倍くらいのサイズ。


色も変わった。黒から、少し緑がかった黒に。


そして——口吻が、鋭くなっている気がする。


「ステータス、確認」


名前:なし

種族:スモールポイズンフライ

レベル:1

HP:35/35

MP:20/20

攻撃力:12

防御力:8

素早さ:30

スキル:飛行Lv3、複眼Lv4、屍食Lv3、危機感知Lv3、消化液Lv3、腐食毒Lv2、毒耐性Lv2


「全部、上がってる……!」


レベルは1に戻った。でも、ステータスは進化前より大幅に上がっている。


攻撃力12。防御力8。素早さ30。


「強くなった……」


実感が湧いてくる。


私は、進化した。


最弱の「スモールレッサーフライ」から、一歩上の存在になった。


「まだスモールだけどね」


でも、レッサーが消えた。劣等種じゃなくなった。


「次は、スモールも消してやる」


目標ができた。


進化を重ねて、もっと強くなる。


「見てなさいよ、この世界」


私は、新しい体で翅を広げた。


前より、軽い。前より、速い。


「いい感じ……」


進化の喜びを噛み締めながら、私は隠れ家へと戻った。


今日は休もう。進化で体力を使った。


明日から、新しい体で狩りを再開する。


「スモールポイズンフライ、か……」


悪くない響きだ。


毒の蠅。それが、今の私。


「次の進化も、楽しみだな」


私は、満足感と共に眠りについた。


長い道のりの、まだ最初の一歩。


でも、確実に——私は前に進んでいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る