第38話 白河とイース人

放課後の教室は、やけに明るかった。

 窓から差し込む夕方の光が、机の角を無駄に強調している。


「でさ、お願いがあるんだけど」


 若水が、いつもの軽い調子で言った。

 その声に、久遠と須野が同時に視線を向ける。


「金子と手塚を、ちょっと引き離してほしいんだよね」


「ちょっと、って言い方が一番信用ならないやつだな」


 須野が即座に突っ込む。

 久遠は腕を組み、少し考えてから言った。


「……それ、若水さんしか出来ません。お願いします。」


「うん。分かった。」


 その直後だった。


白河が

「――ん゛ん゛っ!?」


「……大丈夫か?」


 久遠が声をかけると、白河はすぐに笑った。


「心配すんな。ちょっとトイレ行ってくる。」


 そう言い残し、逃げるように教室を出ていく。


「いや、今の反応は普通じゃないでしょ」


 須野が低く言った。


 トイレの個室。

 鍵をかけた瞬間、白河は背中を壁に預けた。


「……まだ、騒ぐな」


 低い声でそう言いながら、シャツをめくる。


 そこにあったのは、異様な光景だった。


 上半身裸。

 クロスさせたサスペンダー。

 その上から、セロハンテープで無理やり貼り付けられた――

 ゴムみたいな質感の、実体化したイース人。


 ぬらりとした表面が、かすかに脈打っている。


「……ッ」


 白河は手を伸ばし、その“塊”を強く握った。


「いい加減にしろ」


 指に力を込めると、イース人がびくりと跳ねた。


「ギ……ッ!」


「聞け。俺は逃げない」


 低く、噛みつくような声。


「お前はもう捕まってるんだ。分かってるだろ?」


 イース人は、粘つく声で笑った。


「攻撃スレバ……仲間ガ、集マル……」


「いつだ」


「三日後……文化祭ノ時期……ソノ辺ノ暴走族トヤラノ脳ヲジャックシタ。」


 白河の目が鋭くなる。


「暴走族を乗っ取って、集まるってわけか」


「止メラレナイ……」


 白河は歯を食いしばった。


「止める」


「無理ダ」


 その瞬間だった。


 背後の空気が、すっと冷える。


「――あなたが対処する以外、方法はありません」


 振り返ると、そこに立っていたのはディミルだった。

 音もなく現れたその姿に、白河は一瞬だけ目を見開く。


「……やっぱり、そう言うか」


「はい」


 ディミルは淡々としていた。


「この個体は、あなたに強く執着しています。

 確実に大きな群れを呼び寄せるでしょう」


 白河は、再びイース人を握りしめた。


「だったら――」


 ぎゅ、と力を込める。


「俺が、最後まで付き合う」


 イース人が苦しげに身をよじる。


「ギ……ッ、ニンゲン……」


「黙れ」


 白河の声は静かだったが、揺れていなかった。


「文化祭まで三日。

 その間、お前は俺の背中だ。勝手な真似は許さない」


 ディミルは、わずかに目を細めた。


「覚悟はあるようですね」


「最初からだ」


 白河はシャツを下ろし、サスペンダーを整える。


「逃げ道がないなら、立つしかない」


 トイレの個室に、重たい沈黙が落ちた。


 外では、まだ何も知らない生徒たちが、文化祭の話で笑っている。


 その音を背に、

 白河文哉は、静かに扉を開けた。

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