第20話 オタク恋人

「校内引きこもり上位存在」


放課後の校舎は、昼間とは別の顔をしている。

チャイムが鳴り終わり、生徒たちの足音が遠ざかるにつれて、廊下には妙な静けさが満ちていく。


その静けさの中を、白河文哉は段ボール箱を抱えて歩いていた。

中身は漫画本が数冊と、少し年季の入ったゲーム機。


「……本当に、こんなことして大丈夫なのか」


独り言のように呟きながら、白河は周囲を見回す。

幸い、教師の姿はない。


空き教室の前で立ち止まり、ノックを二回。


「瑞希、俺だ」


「はーい!」


返事はやけに元気だった。


扉を開けると、若水瑞希は窓際の机に腰掛けて、足をぶらぶらさせていた。

その顔は、いつも通り無邪気で、少しだけ不思議だ。


「待ってたよ文哉! 今日の持ち込みコンテンツは何系?」


「……コンテンツって言うな」


白河は苦笑しながら箱を机の上に置いた。


「学校から出られないの、やっぱりきついだろ。だから……放課後、ここで遊べたらって思ってさ」


一瞬、若水はきょとんとした顔をした。

それから、ぱっと表情が明るくなる。


「えっ、いいの!? ありがとう!」


白河はその反応に、少し胸を撫で下ろす。


「ゲーム機と漫画。バレたら怒られるからな。内緒だぞ」


「うんうん!」


若水は箱の中を覗き込み、漫画の背表紙を見て目を輝かせた。


「……あ、このタイトル懐かしい。序盤の構成、完全に打ち切り回避用ムーブなんだよね」


「……え?」


「主人公が二話で覚醒するの、編集圧の匂いがして好き」


白河の手が止まる。


「瑞希……今、何の話してる?」


「え? 褒めてるよ?」


当然のように返され、白河は首を傾げた。


「まあいいか……」


気を取り直してゲーム機を繋ごうとすると、若水が首を傾げた。


「え、据え置き?」


「そうだけど」


「うーん……入力遅延的に厳しくない?」


「……何の話だ」


若水はしばらく考え込み、唐突に言った。


「文哉って、放課後何してるの?」


「部活手伝ったり、家でプラモ作ったり……普通だと思うけど」


「そっかぁ」


若水は一度頷き、次の瞬間、さらっと爆弾を落とした。


「私ね、放課後はパソコン室」


「……パソコン室?」


「うん。ディアルモニターでMOMランクマ」


白河は思考が止まった。


「……え?」


「上位存在仕様だからさ。無限体力でオール余裕なんだよね」


「オールって、徹夜の……?」


「そうそう。朝まで回して、レート微増」


にこにこしながら言う若水に、白河は言葉を失う。


「……漫画は?」


「電子だよ。須野とアカウント共有してる」


「俺が持ってきたのは……?」


「全部読んだ!」


即答だった。


白河は、段ボール箱を見下ろしたまま固まった。


「……俺、完全にズレてたな」


若水は少し慌てたように首を振る。


「違うよ! すごく嬉しい!」


そして、少しだけ声のトーンを落とす。


「文哉が、可哀想って思ってくれた気持ち。ちゃんと受け取った」


白河の耳が赤くなる。


「……そ、そうか」


その時、若水が突然立ち上がった。


「あ、やばい!」


「な、何だ?」


「ソシャゲの時刻変更タイム! 今行かないとデイリー溢れる!」


若水は全力で教室を飛び出そうとする。


白河は反射的に腕を掴んだ。


「待て」


「文哉?」


白河は、少し困ったように、しかし真剣な顔で言った。


「……流石にもう少し、ゲーム以外のこともしろ」


若水は一瞬きょとんとした後、ふっと笑った。


「……うん。検討する!」


「検討かよ」


白河はため息をつきながらも、どこか安心していた。


空き教室の窓から差し込む夕焼けが、二人の影を長く伸ばしていた。


若水瑞希は、今日も不思議で、オタクで、

それでも――確かに、恋人だった。

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