第82話 花と罠
『――試合開始ィィィッ!!』
花野は、一切の助走もなく、静かに口を開く。
「――咲け」
低い声。
「Flower Garden」
刹那――
再び闘技場が変貌した。
ズズズズ……!!
床を突き破り、
無数の蔓と花弁が一斉に芽吹く。
石の床は、瞬く間に“庭”へと変わり、
アリーナ全域を覆い尽くした。
『こ、これは……!?花です!花がアリーナ全体を覆っています!中の様子が確認できません!』
司会の声が裏返る。
観客席が騒然となる。
「おいおい……範囲デカすぎだろ……」
「最初から全開じゃねえか……!」
禍難は、その場で足を止めた。
足元から絡みつく蔓。
空中を漂う花弁が、神の気の流れを乱す。
「……チッ」
一歩、踏み出そうとした瞬間。
ガシッ!!
蔓が、禍難の足首を掴んだ。
「――!」
さらに、
腕、腰、背中へと蔓が這い上がる。
『中は一体どうなっているんだ!?』
花野は動かない。
庭の中心で、
ただ静かに立っている。
禍難の額に、青筋が浮かぶ。
「……なるほどな、無様な死に様を観客に見られたくないか!?」
神の気が、膨れ上がる。
「こんなもの蹴散らしてやる!」
次の瞬間。
ドンッ――!!
禍難の神の気が、爆発的に解放された。
轟音と共に、
蔓が一斉に吹き飛ばされる。
花弁が、嵐のように舞う。
『ようやく見えました!禍難、神の気を全開だァ!!力任せに花野のフィールドを破壊した!!』
禍難は、歯を食いしばる。
「こんなものか?下界人!」
神の気を纏い、
地面を蹴った。
ドンッ!!
一瞬で距離を詰める、直線的な突進。
「――潰す!!」
禍難の拳が、
花野へと迫る。
だが。
花野は、ほんのわずかに視線を動かしただけだった。
「少し落ち着きなよ」
足元から、新たな蔓が爆発的に成長する。
ドゴォォッ!!
突進の軌道を塞ぐように、
巨大な花柱が立ち上がる。
「なっ――!?」
禍難の突進が、強制的に止められる。
『再び花のドームが咲き乱れる!またしても何も見えません!』
花野の蒼の気が、さらに濃くなる。
庭は、壊されても終わらない。
壊された分だけ、咲き直す。
花野は、静かに告げた。
「何度でも、植え直すだけだよ」
観客席が、息を呑む。
無闘のような暴力的な強さではない。
だが――
確実に、逃げ場を奪う強さ。
禍難の口元が、歪んだ。
「……面白い」
神の気が、さらに深く、禍難の身体に沈み込む。
「なら――
“庭ごと”踏み潰してやる」
次の瞬間、
禍難の足元から、異様な圧が立ち上がった。
花野の庭が、
きしみ始める。
その時、花野の声がドーム内に静かに響いた。
「ラフレシア」
次の瞬間。
ドーム内に、
甘く、腐臭を含んだ匂いが広がった。
白濁した霧が、足元から立ち上る。
『何だ!?ドーム内から何かが漏れ出ています!これはまさか毒ガスか!?』
観客席がどよめく。
禍難は、一瞬だけ眉をひそめた。
息を止めるでもなく、
ただ、肩を鳴らす。
「くだらん」
神の気が、爆発した。
「――消えろ!」
次の瞬間。
禍難は、片腕を大きく振り上げる。
ゴォォォォン!!
空気が、叩き割られた。
腕の一振りだけで生じた衝撃波が、
ドーム内部を駆け抜ける。
ラフレシアの毒霧が、
渦を巻きながら一気に押し出され――
ドォンッ!!
花のドームそのものが、内側から吹き飛ばされた。
花弁が四散し、
蔓が引きちぎられる。
闘技場に、再び光が戻る。
『な、なんて馬鹿力だァ!!ドームごと破壊したァ!?」
花野は、少しだけ目を細めた。
(やっぱり単純なパワー系だな)
禍難は、肩についた花弁を払い落とす。
「毒も、檻も」
低い声。
「力の前じゃ、意味をなさない」
神の気が、さらに濃くなる。
「次は――お前だ!」
踏み込み。
ドンッ!!
床が砕け、
禍難の巨体が一気に距離を詰める。
花野の視界に、
迫り来る拳。
だが――
花野の足元で、
再び蔓が蠢いた。
破壊されても、庭は終わらない。
禍難は、花野へ向けて踏み込んだ。
――次の瞬間。
「なっ……!?」
突如、足がもつれた。
巨体が、前のめりに倒れる。
『な……!?』
『禍難が倒れた!?』
闘技場が、一瞬で静まり返った。
禍難は歯を食いしばり、必死に腕へ力を込める。
(……くっ……!?な、何だ……体が……動かん……!!)
指先が、言うことをきかない。
脚も、感覚が鈍い。
焦燥が、顔に浮かぶ。
その様子を、花野は冷静に見下ろしていた。
「暫く動けないよ、多めに入れといたから。」
花野が指を鳴らす。
ブゥゥゥン……。
微かな羽音。
空気の中から、
無数の小さな影が姿を現す。
「蜜蜂」
それは、花野が生成した花の眷属。
極小で、音もほとんどなく、
気配すら薄い。
花野は淡々と語る。
「最初の毒ガスは、
殺すためじゃない」
観客が息を呑む。
「視界と注意を奪うためだ」
倒れた禍難の腕、首筋、脇腹――
すでに、幾つもの微かな刺し跡が浮かんでいた。
「その間に、蜜蜂が刺して
神経毒を流し込んだ」
禍難の瞳が、大きく見開かれる。
「……ち、ちまちました真似を……!!」
怒りが爆発する。
「うおおおおおおお!!」
神の気が、強引に噴き上がる。
筋肉が膨張し、
禍難は無理やり身体を起こそうとした。
だが――
ズル……
足元から、蔓が絡みつく。
一本、二本ではない。
床を割り、壁を這い、
無数の蔓が禍難を包み込む。
「ぐっ……!!」
締め付けが、容赦なく強まる。
毒で痺れた身体に、
圧迫が重なる。
「く、そ……!!」
最後に漏れた声は、怒りではなく――
悔恨。
蔓が、完全に禍難を呑み込んだ。
ドン……
巨体が、力なく床に沈む。
意識が、途切れる。
『……き、決着!!禍難、戦闘不能!!』
司会の声が、震える。
『勝者――
花野!!』
花弁が、ゆっくりと消えていく中、
花野は一度だけ深く息を吐いた。
力で押し潰す相手に、
力で挑む必要はない。
咲かせるのは、罠。
それが、花野の戦い方だった。
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