欠けた記憶と始まりの記憶(2)
神聖母教団。それがリグレットたちの共通の敵の名である。
だが彼らの話をする前に祖国ヤマトで起きたことから改めて語らねばなるまい。
――発端は今から九年前、侵略され新たにヤマトの版図に加えられた小国サビタリの山中に存在したある洞窟の中での出来事。
山岳地帯に穏やかな少数民族が暮らすだけのこの土地を長年ヤマトは歯牙にもかけず放置していた。けれども近年希少性の高い鉱石が豊富に埋蔵されているとわかるやいなや国王ハザン、つまりシランとシケイの父は兵を送り込み少数民族の半数以上を駆逐して全て奪い取った。
そうしてヤマトの一部となったサビタリの地に最初の鉱山を作るべく調査に赴いた者たちが洞窟の奥で奇妙な物を発掘した。灯りを消してもなお光輝く金色の湾曲した石板を。その表面には見たこともない文字による文章まで浮き彫りで綴られていた。
その石板に触れた者たちはことごとく人知を超えた力を身に着け野心に囚われた。この力があれば自分こそ世界を統べる王者になれると。
ところが結局、彼らは互いに殺し合い勝手に全滅した。後から来た者たちはその惨状に恐れをなし、ただ見てきたことだけをありのまま王に報告する。
ハザンはすぐに石板の正体に気付いた。そして自らサビタリの洞窟に赴き、地面に打ち捨てられたままの石板をその手で拾い上げた。
そうして、すでに大きな権力を有していた彼は、さらに絶対的な兵器まで手に入れた。
偶像兵器を。
◇
そこからの経緯はすでに語った通りである。
石板、すなわち『金の書』を持ち帰ったハザンは自国の兵士たちにも恩恵を与え無敵の軍隊を編成した。
強化された王国軍は歴代の王が夢見てきた全土統一を成し遂げるべく西側諸国への侵攻を開始。圧倒的な武力で蹂躙していったのである。
しかし、そんな父と祖国の蛮行を許せぬ者がいた。双子の姫の片割れ、妹王女シケイ。
彼女はすでに広大な版図を誇るヤマトにこれ以上の国土など不要と父へ直訴した。けれども全く聞く耳を持ってもらえず、しばし悩んだ末にたった一人の忠臣のみを伴として城から飛び出した。
優しさと美しさは母から、そして決断力と蛮勇は父から受け継いだ女。彼女は後にそう評されている。
少女は忠臣オオヒト・コテツと共に行く先々で揉め事に首を突っ込み弱者や正しき者たちを助け、次々に味方を増やしていった。そのうちに彼女の後に続く者の数はヤマトも西側諸国も無視できないほどまで膨れ上がり、この一団は『反乱軍』と名付けられる。
反乱軍は西方に与していたが、だからといって西側のどの国に属しているわけでもなく独立した遊撃隊として各地を転戦。出奔する際に盗み出した『金の書』を用いてハザンと同じように西の人々にも偶像兵器を与え、圧倒的に不利な戦況を徐々に盛り返し始める。
ところが戦争末期、反乱軍の中から裏切り者が出て『金の書』を敵の手に渡してしまった。このままでは再びヤマト軍が勢いを盛り返し敗北すると悟ったシケイと仲間たちは一世一代の賭けに出る。
大陸各地で西側諸国の同盟軍に猛攻を仕掛けてもらいヤマト軍の意識を分散させ、生じた隙を突いて一気に反乱軍の精鋭部隊がヤマトの王都に乗り込み蛮王ハザンを討ち取る。同時に金の書も奪還できれば大逆転勝利。
シケイたちはこの賭けに勝った。
危うい賭けではあったし実際に大きな犠牲も払ったが、それでも辛うじて勝利し戦争を終わらせたのである。
もちろん被害を受けた国々は簡単には許してくれなかった。とはいえシケイは彼らを救ってくれた恩人でもある。だから最終的には金の書の破壊と彼女の即位、彼女自身の提案した百年に渡る賠償の三つの条件を以て講和を結んだ。
だが、その平和はたった半年で打ち破られる。新興宗教によるシケイ女王の暗殺という恐るべき事件を引き鉄に。
◇
神聖母教団は終戦後間もない時期に立ち上げられた。
教主タチアナはヤマトの侵攻によって被害を受けた国の女性で戦争で傷付いた者たちの魂の救済を訴えて各地を巡り歩きボランティア活動を行っていたという。
当初はそれほど大きな組織ではなかった。彼女が一人で始めて、少しずつ賛同者が増え、二ヶ月ほどで百人を超えたとは聞く。
だが、ここからが異常な話。
何が起きたか教団は急激に信徒の数を増やし始めた。そもそも最初はただの慈善団体で宗教組織ではなかったはずなのに、この時期に発起人のタチアナを教主として神聖母教団と名を改める。
シケイはこの急激に勢力を増す団体を警戒の目で見ていたが、表向きには元の慈善団体の活動内容を拡大しただけであり、裏で怪しい動きを見せているという証拠も掴めなかった。しかもタチアナを信仰する者は日に日に増え続けており、下手に刺激すると暴動に発展してしまいかねない状況。
父なら気にせず無慈悲に鎮圧しただろう。だが父とは違う道を行くと決めた彼女はしばし推移を見守ることに決めた。
悔やんでも悔やみきれない失策だったと今ならば思う。
教団は彼女の命を狙って刺客を差し向けてきた。しかも彼らは単なる暗殺者でなく『偶像兵器』を使っていた。
直前までシケイも知らなかった。父の側近だったという何者かが手紙で密告してきて、城の地下にある隠し部屋でその証言を裏付ける証拠を見つけた直後の出来事だったのである。
シケイは約束通り父が持っていた『金の書』を破壊した。ある程度の小ささまで砕いてしまえばこの遺物は効力を失う。だから徹底的に粉砕した後、海に撒いて二度と復元できなくしてやった。
ところが密告者の証言によるとサビタリで発掘された金の書は全部で三つあったらしい。
慌てて手紙に書かれてある地下の隠し部屋を確認した彼女は、翡翠の台座と石板が嵌め込まれていたと思しき窪みを発見した。
一つにだけまだ金の書が嵌め込まれてあり、残りの二つは空。つまり何者かによって三つのうち一つを持ち去られた後。
彼女はすぐに仲間たちを招集しようとした。行方知れずの一枚を探し出し破壊すべく。それを悪用する輩が現れた時のための備えもしておきたくて。
でもできなかった。すぐに刺客に襲われたから。
彼女だけでなく姉も狙われた。どうにかシランと合流した彼女はその手を取って逃げた。刺客から逃れて態勢を立て直すために。仲間たちと合流して反撃しようと考えた。
そして脱出のために逃げ込んだ秘密の地下通路で追いつかれ、姉と共に心臓を貫かれた。
二人とも同じ寝間着を着ていて、同じ位置を刺された。
もつれるようにして互いに腕を絡め合い、すぐ横の流れの早い水路に落ちた。
彼女たちは双子で同じ容姿。流れに翻弄され回転を続けるうちに意識が朧気になり自分が姉か妹かもわからない状態に。
やがて激流に引き離され、片方は水底へ。もう片方は、気が付くと城から少し離れた森の中で小川の縁に倒れていた。
手の中には隠し部屋から持ち出した金の書。もう一枚を盗み出した敵と戦うためにシケイが懸命に確保した最後の一枚。
なら自分はシケイなのか? 彼女にはその疑問の答えがついぞわからなかった。どうしても。
どちらの記憶も頭の中にある。混ざり合い、それでもけして一つにはならず共存している。
その時から彼女はシランでシケイになった。どちらでもあり、どちらでもない。どちらなのかわからない存在に。
唐突に別の疑問も湧き上がる。どうして生きているの?
たしかに心臓を貫かれたはず。片割れが息絶えて水底に沈む姿を見た。なのにどういうわけか傷は消えており痛みすら残っていない。
不意に気配に気付く。不思議に思った彼女の目の前に、いつの間にかよく知っている顔の少女が現れ静かに立っていた。
「……姉さん? いや、シケイ……なの?」
「……」
少女は答えない。ずぶ濡れの、今の自分と全く同じ姿なのに、それを気にかける様子すら無い。ただぼんやりとこちらを見つめるだけ。
やがて直感した。あるいは手の中の『金の書』が教えてくれたのかもしれない。目の前にあるのは姉妹ではないと。
いるのではなく、ある。
それは物だった。道具。
遺物の力で生み出された、彼女自身の理想と願望の具現。実体化した願いの形。
その少女は鏡だった。彼女を写す鏡。
偶像という名の兵器。
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