囚われの魔女と狂乱の女神(2)
『質問を変えましょう。金の書と従者コテツの行方を貴女は知らないのかもしれない。それでも、ご自身の偶像がどこにあるかくらいはご存知でしょう』
(当然じゃない。自分の偶像を見失う偶像使いなんて……まあ、私のは少し特殊だし、ありえなくはないけれど)
『いったいどこに隠されたのです? 八人もの偶像使いをそれで屠っておいて捕縛された時点ではすでに見当たらなかった。考えられる可能性は一つ。貴女が巧妙に隠した。どこに? どうやって?』
――やはり。五日間も『金の書』の行方ばかり訊ねてきたのは狙いがもう一つあることを悟らせたくなかったからだ。
なのに痺れを切らした。おかげでこちらも確信を抱く。敵はこちらの偶像の真価をついに見抜いたのだと。
(七年も戦っていればおかしくない話ね。問題はこれから)
守るべき対象が増えてしまった。忠義の騎士コテツがどこかに隠した『金の書』の他に、これからは自分自身の『偶像』まで保護しなければならない。
どちらも絶対に『教団』にだけは渡してはならない。そのためにならどんな恥辱にだって耐えてみせる。改めて覚悟を固め沈黙を貫きながら出口を見据えていると、やがて建物が揺れた。
『なんだ!?』
伝声管越しに聞こえる困惑の声。そして床から断続的に伝わってくる震動。少し遅れてけたたましい警報まで鳴り響く。
来た! 確信した彼女は目を輝かせる。
次の瞬間、照明が落ちた。
『まずい! 予備動力に切り替えろ!』
『早く復旧させるんだ!』
「遅いのよ」
彼らにもまだ知らないことは多い。その一つは彼女の『偶像』が持つ特異性。
――偶像兵器。世界を支える七柱の欠片『金の書』から生み出されたそれは触れた人間の『理想』や『願望』を具現化したものだと言われている。
基本的に一度実体化した偶像は金の書に触れた創造者が死なない限り消滅することは無い。
けれど彼女、魔女リグレットの偶像は時に彼女自身と一体化して姿を隠す。つまり彼女が容れ物になるのだ。自律行動型なので意識的に行うことは難しいが、今回は求めに応じて素早く一体化してくれた。
室内が闇に包まれた瞬間、リグレットは偶像を再び現出させる。全裸の彼女がもう一人室内に現れ、華奢な外見からは想像もつかない怪力で枷と鎖を引き千切った。
(よし!)
種が割れれば対策は容易。だからこのタイミングが訪れるまで待っていた。誰にも見られず解き放てるタイミングを。
直後、照明が復旧する。
『あっ!』
『逃がすか!』
予想はしていたのだろう。驚きながらも監視者の一人は二人に増えたリグレットを見てすぐにスイッチへ手を伸ばした。麻酔ガス噴射装置か電撃か、なんにせよ食らって気分の良いものではないはず。
透明な壁は強化ガラス。偶像の力でも一撃では壊せない。だとしてもリグレットは躊躇せず命令を下す。
「突破しなさい!」
「!」
無言のままもう一人のリグレットが壁に向かって走る。目標は出口のドア。あの部分なら多少は破壊しやすいはず。
一方、監視者の手もスイッチに触れた。何をされようと脱出を果たすまで耐えなくては。ガスを警戒した彼女はとりあえず呼吸を止める。
ところが直後、頭上で爆発が生じた。押し寄せる粉塵と落下する大量の瓦礫によって大混乱に陥る監視者たち。スイッチを押しかけていた男は大きな破片に押し潰され、天井の大穴から光が射し込む。
『お待たせ! さあ行くよ女王陛下!』
はすっぱな姿を想起させる女の声が高らかに響き、リグレットは青筋立てて怒鳴りつけた。
「死んだらどうするのよ!?」
まさか人質の身の安全を考えず砲撃を撃ち込むとは、相変わらず無茶な女だ。ガラスの壁に守られて無事だったけれど。
要塞の上に巨大な帆船が浮かんでいる。その側舷から何本ものロープが垂らされ船員たちが降りて来た。全員歴戦の猛者の海賊たち。怒りと殺気に満ちた形相で次々爆弾を投擲する。
「くたばれ宗教屋!」
「王女さんは返してもらうぜ!」
立て続けに爆発が起こりガラスの壁に亀裂が走った。目ざとくそれを捉えたリグレットは偶像に命じて今度こそ渾身の蹴りを入れさせる。
「やりなさい!」
「――」
甲高い音を立てて砕け散る強化ガラス。見た目は彼女にそっくりでもこの偶像の怪力は鉄筋ですらひしゃげさせる。
海賊の一人が二人の全裸の少女を見てはしゃいだ。
「うひょお、これは眼福!」
「うるさい! 服!」
「こいつを着てください!」
別の船員が服を投げてくれた。男物の簡素な貫頭衣だが今はこんなのでも無いよりマシ。素早く着込んで頭を出すと、その時にはすでに偶像も同じ服装に変化していた。
この偶像はリグレットを写す鏡。容姿も服装も常に本体の彼女を反映し続ける。
『よし、ずらかるよ! ロープを掴みな!』
「アイマム!」
「鏡!」
リグレットが呼びかけると偶像の少女は彼女を抱えてもう一方の手でロープを掴んだ。海賊たちもそれぞれロープにしがみつき、直後に頭上の船が上昇を始める。
船名はクレイジー・ミューズ号。稀代の錬金術師にして祖父の代から続く由緒正しき海賊団の頭領、女傑フリーダ・ミューズが操る船。
さらに言えば彼女自身でもある。
『ハッハァ! ついでに喰らいなクソッタレ共!』
雲一つ無い満天の星空の下、叫んだのは生身のフリーダでなく船首の女神像。人間の彼女などもうどこにも存在しない。この頭のおかしい女はなんと三年前、本来の体を捨てて船と一体化してしまった。
傾く船体。下を向いた左舷に並ぶ大砲が一斉に火を吹き、眼下の要塞を徹底的に破壊し尽くす。船そのものであるフリーダはその場でぐるりと旋回しつつ鬱憤晴らしとばかりに執拗に火砲を叩き込み続けた。
『アッハハハハハハ!』
「お頭、いいかげんにしてくださいや! さっさと逃げないとあの新型が出てきやすって!」
『そんなもん返り討ちにすりゃいいだろ! 弱気になんな、空の王者は誰だいお前ら?』
「クレイジー・ミューズ!」
『この空で一番の美女は?』
「クレイジー・ミューズ!」
「お頭以上の別嬪さんはいねえ! 美貌も腕っぷしも一等賞でさあ!」
『そういうことだ。じゃあ取り返すもんも取り返したし、堂々と帰るとしようじゃない。歌いな野郎ども!』
「クレイジー・ミューズ! クレイジー・ミューズ! オレらは無敵の海賊団! 女神が率いる海賊団ッ! どんな獲物も逃さねえ! どんな敵にもビビらねえ!」
『そうさ! それがクレイジー・ミューズ!』
気分良く歌った彼女は帆を大きく広げる。船首に近いフォアマストと中央の一番背が高いメインマスト。そして船尾に近いミズンマストの計三本の柱に八枚の帆。その帆は風を受けるのでなく自ら風を生み出して推進力を生じさせた。船体を包んで浮かせている気流の膜も同様に帆の力で維持されている。
流線型の気流の膜は微かに青白い輝きを放ち、船はどんどん加速していく。やがて誰も追いつけない速度へ達した。
世界に唯一の飛行帆船クレイジー・ミューズ号は、そうして空の彼方に吸い込まれていった。生き残った要塞の兵士たちはその姿を見上げて憧憬を抱く。
全く敵わなかった。高高度から急降下してきて驚くほど素早く正確な砲撃を繰り出し要塞各所の対空砲をものの数秒で無力化。登場から二分足らずで人質を奪還し、トドメの攻撃まで加えて迅速に逃亡。
敵なのに、徹底的に打ちのめされたのに憧れざるをえない。空を自由に駆ける船と、こんな時代にまだ教団に逆らえる反骨心に。
誰もが納得して今を生きているわけではない。ましてあの海賊たちはかつての英雄なのだ。
うら若き王女によって結成され先の大戦を終結させた反乱軍。空飛ぶ帆船クレイジー・ミューズ号は彼らの象徴でもあった。王都決戦で電撃作戦を成功させたのもあの船。
「王女がまた
「教主様の唱える恒久平和は、まだまだ先の話か……」
彼らの多くは落胆するか、あるいは逆に高揚していた。今なお戦争は終わっていないのだとわかって。
英雄たちが滅ぶか先か教団の潰えるが先か、この争いの結末やいかに。
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