カルトロジック ——魔法撲滅委員会——

亜有我呼(ああああ)

第1話『カルトロジック①』

『魔法撲滅委員会 ——前章譚——』



 ——誰だって、考えたことくらいあるだろう。


 退屈な国語の授業中に突然不審者が教室に侵入してきて、皆がパニックになる中、自分だけは冷静に——冷酷に立ち回り、敵の隙を探して『死なない程度に』傷付きながらも勇敢に、賢く、力強く敵を倒して、英雄になるシチュエーションを。


 実はこの世界の主人公が自分で、ある日突然、あるいは危機的な状況の中で『覚醒』して、絶対的な力を持ち——それを隠しながら皆の中に影を潜めて覚悟を決めておき、事態が動き出したときに『時来たれり』と本当の自分を解放するために備えておくことを。


 そんな『異常事態』に備えて、あらゆる場合のシミュレーションをしておくのは『真に賢き者』の使命であり、愚鈍ぐどん凡百ぼんぴゃくにそれを気取らせることもなく、誰よりも優れた戦術をもって——妄想想定と同じように立ち回り、その時が来たなら『自らの真の姿』を見せるのだ。


 だから——世界に『魔法』が存在すると知ったとき、僕は『ようやくその時が来たか』と思ったし、影の秘密結社『秩序機関ザ・オーダー』が僕の才能にようやく気が付いたあの日——魔法の『観測者オブザーバー』として組織に加入することを断る選択肢など、なかった。


 ——でも、あれから一年が経って思う。

 ——この世界は、魔法を見つけた頃に妄想想定していた以上に理不尽で、悪意に満ち溢れていて、クソッタレなのだと——


———————


番外編『カルトロジック①』


 事の発端は、四月の教室で中学2年生の自称オカルト研究部のテルが、読めもしないのに海外から仕入れた『魔導書』の解析を、クラスメイトのケインに任せたことだった。

 ——凡人にとって『英語』は難解な言語かも知れないが、文法さえ覚えてしまえばあとは単語を電子辞書で翻訳するだけで、簡単に解読可能だ。

 放課後の教室、テルの机の上に黒い表紙の学習ノートを投げ、計算通りに小気味良い音を鳴らしたケインは、得意げに語り始める。


Magic'sマジック Logicsロジック——『魔法理論』の序盤の解析が完了した。このノートにお前が喜びそうな『魔法の行使』についての記述がまとめてある」


 ケインの話を聞きながらノートを手に取ったテルは、パラパラとページをめくりながら、まずはそれが『理解可能な言語』で書かれていることを理解する。

 そしてノートの大半を占める白紙に辿り着いた後で、目次を飛ばして見開きの1ページ目に戻り、内容を読みながらケインに話しかける。


「ふむ。流石は『逸材』だな。どれ——ほう、認識阻害魔法に、知覚強化の魔法とな」

「発動条件も簡単そうだろう——問題はお前にそれが正しく発音出来るかだが」


 ——とはいえ、カタカナで書いた発音を自分自身で試してみても、特に何も起きることはなかった。

 この書物もまた『真理』からは遠い『偽書』なのであろうと思いつつ、ケインは発音に苦悩する愚者テルの滑稽な努力を眺めるだけだった。


「——駄目だ。ケインよ、この言葉を和訳することは出来ぬのか」

「……英語の呪文なのに、和訳してどうするんだ」

「ふん。甘いなケイン。発動の条件が分からぬのなら、試すしかなかろう」


 英語の発音に苦難していたテルが提示した未検証の仮説は、ケインにとっても一考に値するものだった。

 ——確かに詠唱自体が発動条件ではなく、言葉による精神の変化などが関係するのであれば、あるいは。


 ケインは黙って魔導書と電子辞書を交互に眺めながら、翻訳作業を再開する。

 ——そして完成した、原文の格好良さが活かされた和訳。

 その響きの良い呪文を、ケインは詠唱せずにはいられなかった。


 ——Lights Devoured Shadows,

  Darkness Extinguished Lights——

『影在る所に光差さば失せ、光はまた闇に届かず』


 ケインはそう呟き、少し満足しながら電子辞書から目を離し、ノートにその和訳を書き込むべく顔を上げると——目の前からノートとテルが消え失せていることに気が付く。

 人間の脳というのは、予想される当然の結果が得られないときに激しく混乱するもので、ケインも例に漏れず、目の前の事実を説明するための合理——友人の悪意いたずらを疑った。


「——!! なんの冗談だ、子供騙しの手品マジックなら通用しないぞ!」


 しかし、ケインがどんなに叫んでもテルは返事をせず、その声はただ、無人の教室に木霊するだけだった。

 ——まさか、魔法が本当に発動したのか。

 事実が肯定する非合理に慌てたケインは、認識阻害の解除のための呪文を急いで和訳し、すぐに詠唱する。


 ——Lights Called Shadows From Darkness,

  Shadows Awoken By Lights——

『闇より光は影を呼び、影在る所に光は在らん——!』


 ケインがそう唱えると、先程まで誰もいなかったはずの椅子にはキョトンとした顔のテルが座っており、困惑と驚愕の表情でケインの方を見つめていた。

 ——そしてその表情は、一瞬で歓喜のものに変わった。


「ここに、書きたまえ! 魔法は発動した、我々は遂に『魔法理論』を支配することに成功したのだ!」

「——はは、なるほど。幽霊の正体見たり、だ」


 焦りから開放されて腹の底から息を吐いたケインは、今までに一体どれほどの人間が魔法を発動させるだけさせてしまい、そのまま消えて行ったのかを想像してしまった。

 ——危うく自分たちもそうなるところだったのだ。

 だが、自分たちは成功した。魔法を発動させ、それを解除し——使いこなしたのだ。

 そう思うと、ケインは本に書かれた残りの魔法も知りたくて仕方がなくなった。


「なあ、この本をもうしばらく貸してくれ。そうしたら、全文和訳したノートをくれてやる」

「ああ、ああ。望むところだ『天才』よ。お前の知性と我が力があれば、我々『カルトロジック』の名は、すぐに世界に広がるだろう!」


 ——ダッッッサ、なんだその名前は。

 だが、この際そんな組織の名前なんてどうでもいい。

 この書物は『本物』だ。これを読み解けば、自分の本当の力を最大限に発揮出来るに違いない——!



 ——あの日、魔法の存在を知った僕は、それを行使する能力を得て、ようやく自分が世界に選ばれたことに浮かれたのだった。

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