第29話:舞台に立つ理由
美優は、自分が「がむしゃら」だったことを、ようやく言葉にできるようになっていた。
異世界に来た当初は、生きることに必死だった。
元の世界には、もう戻れない。
それは最初から、分かっていた。
人間がほとんど存在しないこの世界で、自分が「何者」として扱われるのかも分からない。
それでも――
気がつけば、彼女はまた、カメラの前に立っていた。
理由は単純だった。
それしか、知らなかったからだ。
グラビア。
水着。
ポーズ。
視線。
呼吸。
考えるより先に、身体が覚えている。
怖くても、意味が分からなくても、シャッター音が鳴れば、自然と背筋が伸びる。
(……結局、私、これしかできないんだな)
そう思っていた。
この世界の芸能界は、元の世界と同じルールで動いているように見えて、決定的に違っていた。
視聴率は私達にとって評価ではない。
存在許可証だった。
数字がある限り、舞台に立てる。
数字が消えた瞬間、その人間は、最初からいなかったことになる。
話題にならない存在は、最初から存在しないのと同じ。
テレビ局の要求は、無茶ばかりだった。
種族間の対立を煽る構成。
過激な演出。
限界まで削られるスケジュール。
美優は、断らなかった。
できることは、すべてやった。
できないことも、「できるかもしれない」と思い込んでやった。
結果、番組は過去最高視聴率を更新し、良くも悪くも彼女の名前は一気に広がった。
――そして、あの撮影。
サキュバスの絶対女王、ルシアとのダブルグラビア。
この世界で最も権威のある雑誌(Awesome GYARU)。
載るだけで称号になる、頂点の舞台。
読者アンケートで、美優の名が上に来たと知らされたとき。
彼女は、喜びよりも先に、奇妙な空白を感じた。
(……あれ?)
勝ったはずなのに。
何かを手に入れたはずなのに。
胸の奥に、達成感よりも、静かな問いだけが残った。
――私は、なんで、ここに立ってるんだろう。
その問いに、答えが出たのは、ずっと後だった。
事務所の小さなスタジオ。
取材でも、番組でもない。
記録用の、簡素なインタビュー。
カメラの向こうにいるのは、見慣れたスタッフだけ。
台本もない。
「……美優さん」
控えめな声で、質問が飛ぶ。
「どうして、そこまでしてグラビアを続けるんですか?」
一瞬、言葉に詰まった。
立派な理由を言おうとすれば、いくらでも思いつく。
夢。
表現。
自己実現。
でも、それは全部、どこか嘘くさく感じた。
美優は、小さく息を吸って、正直に口を開いた。
「……考えたら、立てなくなるからです」
スタッフが、息を止めるのが分かった。
「考えたら、怖くなるし。
正解を探したら、動けなくなるし。
だから……考えないで、立つんです」
視線を落とし、続ける。
「私、グラビアで、何かを“説明”したいわけじゃないんです」
言葉を選ばない。
飾らない。
「ただ、そこに立って。
ちゃんと呼吸して。
ちゃんと生きてるっていうのを、写したいだけで」
少しだけ、笑った。
「言霊とか、世界を変える力とか……正直、よく分かりません」
それは逃げでも、否定でもなかった。
本音だった。
「でも、グラビアを通してなら、私、自分の“在り方”だけは、出せる気がするんです」
場に沈黙が流れる。
誰も、口を挟まない。
「だから、私は私です」
美優は、カメラをまっすぐ見た。
「人間で。
日本人で。
でも、それ以前に――」
一拍、置く。
「愛沢美優です」
その映像は、すぐには使われなかった。
刺激が足りない。
数字が読めない。
そう判断されたのだろう。
だが、不思議なことに。
その日を境に、美優の周囲の“圧”は、わずかに変わった。
無理な要求が、減った。
強い言葉を求められることが、少なくなった。
まるで、世界が一瞬だけ、呼吸を合わせたかのように。
遠く離れた観測領域で、誰かが静かに記録を修正する。
「対象は、自己定義を完了した」
「……予測不能性、上昇」
それだけを残し、ログは閉じられた。
そのことを、美優は知らない。
ただ、彼女は今日も、舞台に立つ。
理由は、もう十分だった。
考えなくても、立てる。
だから、立つ。
それだけで、今はいいと思えた。
――そして、その「単純さ」こそが、
かつて世界を滅ぼし、
再び世界を揺らし始めていることを。
まだ、誰も、確かな言葉にはしていなかった。
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