第10話:ゼノの過去と贖罪

 異種族総合TVネットワーク(ITN)の喧騒から離れた、薄暗い事務所の片隅。

 ゼノは独り、安物のメンソールタバコの煙を燻らせていた。モニターに映る美優は、過酷なロケを終えてなお、カメラに向かって不敵に微笑んでいる。その姿を見るたび、彼の胸の奥に澱のように溜まった「100年前の記憶」が、鋭い痛みと共に蘇る。


──100年前。

 当時、この世界に足を踏み入れてすでに300年が過ぎようとしていたゼノは、一人の新人アイドルのマネージャーを担当していた。

 彼女の名は、セレーヌ。

 魔族の激しさとエルフの気品を併せ持ったハーフの美女。B96 W58 H90という圧倒的な肢体は、まさにこの世界の「美」を形にしたような存在だった。

​ セレーヌは瞬く間にスターダムを駆け上がった。ある一本の恋愛ドラマが社会現象となり、彼女は「大陸の恋人」と呼ばれた。

 だが、成功は時として猛毒となる。

 ドラマが終了した直後、彼女はゼノと事務所社長の前に立ち、冷ややかに告げた。


​「私、独立します。私がここまで有名になれたのは、私の才能があったから。それなのに、事務所にマージンを取られて、自由に仕事も選べないなんて馬鹿げてるわ」


​ ゼノは知っていた。彼女が手にした大きな仕事の裏で、自分たちがどれほど泥をすすり、頭を下げて営業に奔走したかを。だが、自信に満ち溢れた彼女の瞳に、その真実を映し出すことはできなかった。

 

「……わかった。君がそう決めたなら、我々は君の門出を祝おう」


​ 事務所は彼女を暖かく送り出した。数百年、数千年の時を生きる彼らにとって、数ヶ月など瞬きのような時間だ。しかし、その「瞬き」の間に、悲劇は起きた。


​ 独立したセレーヌを待っていたのは、残酷な現実だった。


 自分を特別だと思い込んでいた彼女は、舞い込む仕事を「自分の価値に見合わない」と次々に断り、スタッフに対して傲慢に振る舞った。事務所という盾を失った彼女を支える者は、もはや誰もいなかった。

 

 プライドの高さゆえに、居場所を失った自分を認めることができなかった彼女は、誰にも看取られることなく、自らその命を絶った。灰となって消えた彼女の最期を知った時、ゼノは己の無力さに打ちのめされた。


 「あの時、なぜ止めなかった。守れなかった。輝きを、影で支えきれなかった」


​ それから100年。

 ゼノは抜け殻のように生きてきた。もはや芸能界という名の戦場に未練はなかった。

 あの日、ゴミ捨て場で美優に出会うまでは。


​ 「服がボロボロで、ツルツルした見たこともないクリーチャー」

 

 初めて彼女を見た時、ゼノの全身に雷に打たれたような衝撃が走った。

 魔法も、魔力も、鱗も、角もない。

 脆く、儚く、数十年で朽ち果てるはずの「ヒト科」の生物。

 だが、その瞳に宿る「プロとしての狂気」は、かつてのセレーヌが持っていた空虚な自信とは、根本的に異質なものだった。


 (セレーヌ、俺は遂に見つけたぞ。お前を超える逸材を。絶対に売れる。根拠なんてない。だが、俺の魂が叫んでいる)

​ 美優が過酷な「おっぱい習字」や「地獄のお天気コーナー」で、泥にまみれ、鼻血を出し、それでも立ち上がるたび、ゼノは誓うのだ。

 

(もう二度と、あんな経験はしたくない。独立だろうが、バッシングだろうが、世界中が敵になろうが構わない。この『愛沢美優』という奇跡だけは、俺が死んでも、最後まで美優を輝かせてみせる)

​ モニターの中、美優がカメラに向かってウインクを投げる。

 ゼノはタバコを灰皿に押し付け、立ち上がった。

 

「……さて。半年に一度開催される『アルティメット・ビューティー・アワード』に美優もノミネートされていたな。これを気に一気に駆け上がってやる。』


​ ゼノの背中に、100年前にはなかった静かな、しかし強固な覚悟が宿っていた。

 今までのは前座。彼女の実力から鑑みれば当然の結果だった。

 マネージャーとしての「再デビュー」は、ここからが本番だった。

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