第6話:尻よ、熱く肉体を語れ!
魔界の夜を支配するのは、暴力や魔力だけではない。今、最も熱狂を産んでいるのは、魔界黄泉放送「異世界TVネットワーク(ITN)」が放つ深夜の劇薬バラエティ――『限界突破! 魔界的・肉体美の祭典』だった。
今回の企画は、あまりにも馬鹿げ、そしてあまりにも官能的な内容。
題して、「第一回・魔界お尻習字大決戦」。
楽屋は完全に分離され、張り詰めた空気が漂っていた。美優は一人、鏡の前で己の肉体を最終チェックする。一方で、別の楽屋にいるエルフのセラフィナは、清楚系アイドルとしてのプライドと、番組プロデューサーへの恐怖の間で、尖った耳を小刻みに震わせていた。
「さあ! テレビジャンキーの視聴者諸君、お待たせした! 筆は捨てろ、紙(肉)を抱け! 世紀の対決の始まりだッ!」
番組MCの悪魔が絶叫し、スタジオのボルテージは最高潮に達する。
中央に鎮座するのは、巨大な「魔法半紙」が敷き詰められた特設リング。
「赤コーナー! 現代日本からやってきた、唯一無二の絶滅危惧種! 指が沈み込むマシュマロの衝撃、愛沢美優――ッ!!」
美優がリングインする。纏うのは、墨を塗ることを前提とした漆黒の超ハイレグ・レオタード。眩い照明の下で、彼女の白い肌は発光しているかのように見えた。
「対する青コーナー! 森の聖域から舞い降りた、清廉潔白なる白銀の妖精! 誰もが跪く高潔の象徴、セラフィナ――ッ!!」
対角線のコーナーから、セラフィナが入場する。彼女は羞恥に顔を赤らめながらも、仕事としての覚悟を決めたのか、氷のような冷徹な表情を保とうとしていた。
「ルールは簡単! 尻に墨を塗り、どれだけ魂の籠もった一文字を書けるかだ! 始めッ!」
ゴングが鳴り響く。
美優は一切の躊躇なく、特大の硯(すずり)にその豊満な臀部を沈めた。
「……んっ、冷たい……」
マイクが拾ったその吐息に、視聴者の理性が焼き切れる音がした。美優は腕をマットの上に付き、腰を上げ、逆四つん這いになり、マット上にある半紙に臀部を擦り付け、ダイナミックに腰を回転とお尻の角度で文字の強弱を付ける。
「こ、これが、グラビアアイドルの体幹よ!」
美優が書き上げたのは、力強い**『欲』**の一文字。肉の弾力が生む絶妙な「掠れ」が、芸術的な深みを与えていた。
一方のセラフィナは、習字という概念そのものに苦戦していた。エルフのしなやかな筋肉は、文字を書くというより、踊るような繊細な動きを見せる。しかし、彼女は清楚系としてのイメージを守ろうとするあまり、腰の振りが甘い。
「こ、これで……平和を……っ」
彼女が書いた**『平』**の字は、途中で力尽きたように震えていた。
「勝者――! 愛沢美優!!」
判定が下った後、二人はリング上で初めて対面した。
「……セーラ、あんたのお尻、筋はいいわよ。もっと腰を入れれば、エルフの柔軟さが活きるはず」
美優がタオルを差し出しながら笑いかけると、セラフィナは肩を落として力なく笑った。
「……ミユ、あなたは本当に……バカなのね。でも、その潔さは少し羨ましいわ」
この時、二人の間には、やり切った者同士の清々しい会話が交わされていた。
だが、その放送が終了した直後、魔界は別の意味で大炎上した。
翌朝、ゼノが真っ青な顔で二人のもとに駆け込んでくる。
「大変だ! 苦情の電話で事務所の回線がパンクした!」
瞬間視聴率65%という数字は、そのまま膨大な怒りの数へと変わった。
異種族教育倫理守護評議会は公式声明を発表。
『下品極まりない!子供たちが真似してお尻でルーン文字を書いたらどうするんだ!』
さらに、過激なフェミニスト団体、全種族女性の尊厳を守る円卓会議が異世界TVネットワークの前に集結。
『女性を筆扱いする非人道的行為だ! あの下劣な二人を二度と公共の電波に出すな!』
SNSでは、美優とセラフィナに対する罵詈雑言が嵐のように吹き荒れた。
「ミユは所詮下等種族」「セラフィナの清楚は嘘だったのか」
スタジオの裏にある避難用の薄暗い倉庫で、二人は並んで座っていた。外からは抗議デモの怒号がかすかに聞こえてくる。
「……私のキャリア、もう終わりね。森の皆になんて言えばいいのかしら」
セラフィナが膝を抱えて震える。
その隣で、美優はスマホに表示される誹謗中傷を淡々とスクロールしていた。
「……セーラ、これ見て。抗議してる連中のアカウント、昨日の放送時間に、みんな『ミユのお尻えぐい』とか『セラフィナの恥じらい最高』って呟いてるわよ」
「……えっ?」
「みんな、見たくて仕方なかったのよ。本能では熱狂しておきながら、表向きは『正しさ』で自分を守ってるだけ。……ねえ、最高に滑稽じゃない?」
美優は顔を上げ、ニカッと不敵な笑みを浮かべた。
「叩きたい奴らには、叩かせておけばいい。世界中が敵になったって、私は私の肉体が一番美しいって知ってる。……あんたのお尻も、昨日は世界で二番目に美しかったわよ」
セラフィナは驚いたように美優の横顔を見つめた。
魔法も再生能力もない、脆い人間のくせに、どうしてこんなに強いのか。
「……ふふっ。本当、救いようのないバカね、ミユは。……でも、そんなバカが一人で戦ってるのは、エルフのプライドが許さないわ」
セラフィナが震える手で、美優の泥(墨)だらけの手を握った。
「……一緒に、この嵐を乗り越えてやるわよ。……その代わり、次はもう少しお尻の振り方を教えなさいよね」
「いいわよ、スパルタで行くから!」
集中砲火という名の火の粉を浴びて、二人の間には種族も格差も超えた、本物の友情の火が灯った。
これが、後の「魔界グラビア革命」の第一歩となることを、糾弾する群衆はまだ知らない。
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