第1章 第1話 日常は、だいたい騒がしい

 朝の教室は、いつもうるさい。

 特に、あの人がいると。


「なぁなぁ聞いた!? 俺のアニキさ!」


 爆遊矢が机に肘をつき、身を乗り出して話し始めた瞬間、私は小さくため息をついた。


「はいはい、また自慢ね」


 梅月梓。

 黒髪のロングストレートを肩に流しながら、私はカバンを机の横に掛ける。


「自慢じゃないって! マジですごいんだって! ゲーム作ってんだぞ!? 世界まるごと!」


「はいはい、爆くんのアニキは天才天才」


 そう言ったのは、窓際の席でノートを開いたままの石神達也だった。


「……またその話かよ、爆くん」


 低い声。視線はノートのまま。

 でも、その呼び方だけはやけに柔らかい。


「だってすげぇんだって! MIYU²Campusって知ってるか!? 最近出たやつ!」


 その名前を聞いた瞬間、胸の奥が、ほんの少しだけざわついた。


「またゲームの話?」


 私が言うと、爆くんは勢いよく頷く。


「そう! 中に入れるんだぜ!? アバターで!」


「はいはい、夢の話は後でねー」


 横から割って入ったのは、安藤紗千だった。

 茶色いウェーブの髪を揺らしながら、軽く笑う。


「でも流行ってるのは本当みたいよ。駅前のデパートで体験会やってるって」


「ほらぁ!」


 爆くんがドヤ顔をする。


「……」


 前の席では、工藤樹土――通称むっちゃんが、じっと窓の外を見ていた。


「むっちゃん、今日も静かだな!」


「……ハラミ」


「朝からハラミ!? それ昼だろ!」


 教室に笑いが起きる。

 むっちゃんは少しだけ、口元を緩めた。


 ――こういう時間は、嫌いじゃない。


 だけど。


「梅月」


 達也が、ふいに私の名字を呼んだ。


「今日、放課後」


「え?」


「……駅前」


 それだけ言って、またノートに目を落とす。


「何それ、要件言いなさいよ」


「来れば分かる」


 そっけない。

 でも、紗千がちらっと私を見るのに気づいた。

 その視線が、なぜだか落ち着かなかった。


 何か言われたわけでもないのに、

 背中がむずむずする。


 そんな視線を振り切るように、

 チャイムが鳴った。



 放課後。

 駅前デパートは、人で溢れていた。


「すげぇ……」


 爆くんが目を輝かせる。


「ほらな!? アニキの作った世界だぞ!」


 巨大モニターには、

《MIYU²Campus 体験プレイ》の文字。


 私は、なぜか一歩だけ後ろに下がった。


 胸の奥が、またざわつく。


「梓?」


 紗千が振り返る。


「……なんでもない」


 そう答えた、その瞬間だった。


 モニターの映像が、一瞬だけ――歪んだ。


 誰も気づかないほど、ほんの一瞬。


 でも、私は見てしまった。


 画面の奥で、

 誰かが、こちらを見て笑った気がした。


「……ねぇ」


 私の声は、誰にも届かなかった。


 遠くで、風の音がした気がした。

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