第9話

龍の眼を持つ学園長


翌朝、俺は奇妙な違和感で目を覚ました。


焚き火は消え、森は静まり返っている。

だが、静かすぎた。


鳥の声も、風に揺れる葉音もない。

代わりに、空気が張り詰めている。


「……来客、か?」


腕の中で丸くなっていた相棒――イタチが、ぴくりと耳を動かした。


次の瞬間。


空間が、正確に切り取られた。


森の風景がそのまま残ったまま、

俺たちの周囲だけが、石造りの広間へと置き換わる。


「うわ……」


思わず声が漏れた。


天井は高く、円形の部屋の床には巨大な召喚陣。

壁一面には、何層にも重なる魔法文字と結界。


――ここ、見覚えがある。


「昨日の、召喚陣……」


「その通りじゃ」


低く、よく通る声。


振り返ると、部屋の中央に一人の男が立っていた。


白銀の長髪を、背中で緩く束ねている。

長身で、背筋はまっすぐ。

纏っているのは学者のようなローブだが、

隠しきれない威圧感があった。


何より、目。


黄金色の瞳が、こちらを射抜いている。


――龍だ。


理屈じゃない。

本能がそう告げていた。


「お主、昨夜この召喚陣を使ったな」


「……ええ」


否定しても意味がない。

むしろ、隠すべき相手じゃないと、直感が告げている。


「ここがどこか、分かっておるか?」


俺は首を振った。


男は、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「ここは――

王立大魔法学園アウルグランの敷地内じゃ」


「……は?」


思考が一瞬、停止する。


「この森も、遺跡も、全部?」


「すべてじゃ。

学園の結界は、森ごと世界から切り離しておる」


桁が違う。

そういうレベルの話じゃない。


「ちなみにわしは、この学園の学園長」


そう言って、男は軽く頭を下げた。


「名は――

ヴァル=グランディオ」


その名を聞いた瞬間、

相棒のイタチが、ぴくりと顔を上げた。


――ぞくり。


部屋の空気が、熱を帯びる。


学園長の背後に、幻のような巨大な影が揺らめいた。


鱗に覆われた、長大な首。

天を裂く角。

すべてを見下ろす、太古の瞳。


「……龍神族、ですか」


俺の言葉に、ヴァルは笑った。


「ほう。見抜いたか」


否定しない、ということは肯定だ。


「この世界の魔法学園の頂点に立つには、

それなりの“格”が必要でな」


彼は、俺ではなく――

相棒のイタチに視線を落とした。


「それより、お主」


その声が、少しだけ低くなる。


「昨日、何を召喚した?」


俺は、正直に答えた。


「相棒です」


ヴァルの瞳が、細くなる。


「……名は?」


「まだ」


イタチが、俺の腕を離れ、床に降りた。


とてとてと学園長の前まで歩き、

見上げる。


その瞬間。


召喚室全体の魔法陣が、一斉に反応した。


警告音。

結界の自動強化。

だが――


ヴァルは、動じない。


むしろ、静かに息を吸った。


「……なるほど」


彼は、深く、深く頷いた。


「お主、自覚はあるか?」


「何の、です?」


「この学園が、

世界随一と呼ばれる理由を、今まさに証明したことじゃ」


俺は、言葉を失った。


ヴァルは、ゆっくりと笑った。


それは、老獪な学者の笑みであり、

同時に――

龍が宝を見つけた時の表情だった。


「歓迎しよう、異邦の魔法使いよ」


黄金の瞳が、まっすぐ俺を射抜く。


「そして――

その神獣と共に」


その瞬間、俺は悟った。


この学園は、安全地帯ではない。

だが、間違いなく――

物語の中心だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る