第9話 教祖と名乗る男④
東地は濃紺のスーツに身を包み、清人と共に教団の施設を訪れていた。
「お祓いの打ち合わせ」
――名目はそれだ。だが実態は、敵地潜入に等しい。
教団の内部に入るのは初めてだった。
五年前
羽生が単身ここへ乗り込もうとしたあの日の記憶が蘇る。
止めた自分の手の震えまで、鮮明に思い出せる。
「では、こちらへどうぞ」
清人の案内で廊下を進むと、左右から信者たちの歓声が上がった。
清人を見るや涙を流して拝む者までいる。
外から見れば滑稽でも、彼らにとっては祈りそのもの。
人は見える“力”に縋り、安心を求める。
清人はその象徴として、信仰を一身に集めていた。
やがて二人は、教祖専用の部屋へ通された。
立派な祭壇。
香奈枝の大きな写真。
東地が思わず目を止めると、清人は満足げに微笑む。
「ああ、気になりますか? 先代の教祖ですよ」
「そうですか……」
「残念ながら亡くなりましたが、今も僕と共にいてくれるんです。
力を貸してくれる。まさに一心同体――愛しく、尊い存在ですよ」
胸元の大きなストーンペンダントに触れながら、清人は恍惚とした表情を浮かべた。
その口調に罪悪感はない。
東地は心の中で、静かに唇を噛む。
「どうぞお掛けください。明後日のお祓いの段取りをお話ししましょう」
「はい」
東地は頷き、清人の正面に腰を下ろした。
表情は穏やかに――しかし瞳の奥は、獲物を狙うように冷たい。
◆
どれくらい時間が経ったのだろう。
いつの間にか寝落ちしていた古川が目を覚ますと、視界に靴が見えた。
「……靴?」
体勢を変えて上を見上げると、眉を吊り上げた但馬の顔があった。
「起きたなら、さっさとどけよ」
「え?」
「え、じゃねぇ。俺の膝からどけって言ってんの」
慌てて起き上がる。
どうやら彼の膝を枕に爆睡していたらしい。
「すみません!」
謝る古川に、但馬は呆れたように頭を掻いた。
「香奈枝さんは?」
「絶賛、呪物とフュージョン中」
但馬の視線の先――部屋の隅で、禍々しい呪物が蠢いている。
「お前……こんな状況でよく寝られるな」
「但馬さんだって寝てましたよ」
「寝てねぇ」
「寝てました」
軽口を叩き合う二人の前に、呪物がぬるりと触手を伸ばした。
寸前でかわし、同時に声を上げる。
「「あっぶな!」」
安堵と同時に、但馬がぽつりと零した。
「はぁ……俺の五年って何だったんだろうな」
「但馬さん?」
「姉貴を助けたくて、あのクソ教祖に復讐したくて、がむしゃらに頑張ってきたけど……結局何もできねぇ自分にムカついてんだよ」
「……そうですね。挙句に死んじゃいましたし」
「お前……殴るぞ」
「大丈夫ですよ。まだゲームオーバーじゃないです」
「俺はもう死んでんだぞ」
「まぁ、それは置いといて」
「置くな! 一番大事なとこだろ!」
「転生ファイト!」
「お前、転生したら絶対シバく」
言い合いの最中、古川が呪物へ視線を向け、そっと足を踏み出した。
――東地先生が言っていた。“浄化の力”。
もし、少しでも役に立てるなら。
手を伸ばしかけた、その瞬間。
「ストップです。触れちゃいけません、古川さん!」
鋭い声が闇を裂いた。
「――東地先生!」
振り返ると、光の粒子をまとった東地が、壁の向こうに立っていた。
驚く間もなく、但馬が古川の腕を掴み、呪物から強引に引き離す。
勢い余って二人とも転がった。
「あたた……」
「お前マジでバカ。死んで来いバカ」
「ひどっ」
古川が鳩尾を軽く押さえて立ち上がると、東地が苦笑する。
「大丈夫ですか?」
「はい……先生こそ」
東地は見えない壁越しに、そっと手を添えた。
「明日まで頑張ってください」
「明日?」
「ええ。明日、松川神社で清人さんが“お祓い”を行います。
僕もサポートとして同行しますが、その隙に呪詛返しを発動させます。
――受け皿には清人さんになってもらう予定です」
「出来るのか……?」
但馬の声が震えた。
東地は静かに頷く。
「点野君の力も借ります。成功率は高い。
ただ――彼を呪詛に閉じ込めるのか、それともこの場に引きずり込んで香奈枝さんに“裁かせる”のか。その選択はあなたたち次第です」
その言葉に反応するように、蠢いていた呪物の動きがぴたりと止まった。
そこから香奈枝が姿を現す。
「――清人は、私が自分の手で裁く」
瞳には、強い光が宿っていた。
東地は黙って頷き、但馬へ視線を向ける。
「明日、ご神木に取り込まれた君の身体を解放します。
呪いが解ければ、留まっていた魂は輪廻の輪へ戻れるでしょう」
「明日、か……」
但馬は少し寂しげに笑う。
「浅葱さん、姉を頼みます。そして……ありがとう」
「……はい。精一杯やります」
東地は古川に視線を戻し、言葉を強めた。
「古川さんは動かないでください。僕が迎えに来るまで“絶対”に」
「……信用ないですね」
「さっきの見たらね」
古川がむっとすると、東地は小さく笑った。
「それと――すべてが終わったら、大事なお話があります」
「えっ、今じゃダメなんですか?」
その瞬間、但馬の拳骨が古川の頭に落ちた。
「いった!」
「空気読め」
「え? 空気??」
「但馬君……君は空気を読みすぎです」
東地がぼそりと呟き、苦笑が漏れる。
「では、準備がありますので。また明日。――必ず迎えに行きます」
光が弾け、東地の姿が消えた。
頼もしさと同時に、胸が強く高鳴る。
「すげーな……本気じゃん、あの人」
「東地先生ですから。凄腕のお祓い屋さんです」
「……ちげーよ。……いや、ま、違わねぇか」
但馬が小さく笑い、深く息を吐いた。
香奈枝は再び呪物の中に溶け、姿を消す。
――明日。すべてが終わる。
古川は東地の無事を祈りながら、両手を強く握りしめた。
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