第7話 解除⑤
先生が宮司さんのお祓いをしてから、数日が過ぎた。
職場と家を往復するだけの、以前と変わらぬ日常。
満員電車は相変わらず心を削ってくる。
けれど、あの日を境に、うっかり恨み言を口にすることはなくなった。
──その一言が、いつか呪いになって、誰かを傷つけるかもしれない。
そう思うほどに、宮司さんの一件は、私にとって大きな出来事だった。
あれ以来、先生にも、そして但馬さんにも会っていない。
点野さんが“縁切り”をした効果なのだろうか。
……まさか、先生との縁まで切れてしまったのだろうか。
胸の奥に小さな不安を抱えながらお守りを作っていると、
作業場に社長が顔を出した。
「おーい、古川」
「はい? どうしました?」
手を止めて駆け寄ると、社長は腰に手を当てて笑う。
「今日、松川が退院するらしいぞ。病院に迎えに行くが、一緒に来るか?」
「あれ、明日って聞いてましたけど」
「無理を言ったそうだ。『祝詞を上げないと死んでしまう』とか言ってな」
──いやいや。あなた、その祝詞で死にかけてましたよね。
神様ガチ勢、恐るべし。
「なるほど……。ご一緒していいなら、ぜひ」
社長の車に柏原さんを乗せ、松川神社を経由して病院へ向かう。
そういえば──。
先日は羽生さんの前で泣きそうになってしまった。
思い出すだけで顔から火が出そうだ。できれば会いたくない。
そう祈るように窓の外を見ていると、病院が見えてきた。
◆
院内は患者で賑わい、私たちは最上階へ向かう。
特別室の扉を開けた社長が声を張った。
「松川ー、迎えに来たぞ!」
椅子に腰かけていた宮司さんは、支度を整えて待っていた。
その隣に──最も会いたくなかった人物、羽生さんの姿。
「すまないな、世話をかける」
「何言ってる。荷物はそれだけか?」
「ああ」
社長が荷物を持ち上げようとした瞬間、柏原さんがすっと奪い取る。
「私たちは退院手続きをしてくるから、古川さんは松川さんと待っててね」
「柏原さんの言う通りだ。少しの間、頼む」
え、ちょっと……。
気づけば私は、宮司さんと羽生さんと三人きりにされていた。
気まずさを紛らわせるように、花瓶に目を向ける。
「宮司さん、このお花……どうされます?」
「ああ、まだ元気だから捨てるのも忍びなくてね」
「誰が持ってきた?」
羽生さんが低い声で尋ねる。
宮司さんは一瞬だけ目を伏せ、淡々と答えた。
「……涼太郎がね。謝りに来て、置いていったんだ」
「但馬さんが……?」
思わず聞き返すと、宮司さんは不思議そうに私を見た。
「古川さん、彼を知っているのかい?」
「ええ……何度か」
その瞬間、横から突き刺さるような視線。
振り向けば、羽生さんが半眼でこちらを睨んでいた。怖い。
宮司さんは、こちらの空気を読んだのか読んでないのか分からないまま、
ぽつりと続ける。
「……涼太郎は昔から知っている子でね。
姉が、あんな亡くなり方をしてから……ずっと気にかけているんだ」
──あんな亡くなり方。
その言葉だけで、胸の奥がざわつく。
もっと聞きたい。
そう口を開こうとした瞬間。
「……古川」
羽生さんの声。
笑顔を貼り付けたまま、指でこちらを招いた。
「え、え?」
じりじり後退した私の背後で、扉がガン、と鳴って、静かに閉じられた。
羽生さんの仕業だ。
「羽生君?」と宮司さんが怪訝そうに声をかける。
──気づいて、宮司さん。
この人、金髪の悪魔です。
「宮司さん、悪霊退散の祝詞をお願いします!」
「誰が悪霊だ。こっち来い」
首根っこを掴まれ、強制的に“集合”させられる。人権。
羽生さんは宮司さんへ、真顔で言った。
「松川さん。こいつが但馬のことを聞いてきたら、全力でシカとしてくれ」
「え? あ、ああ……?」
状況を呑み込めない宮司さんを置き去りにして、羽生さんは私を見下ろす。
「古川。お前がアイツを意識すれば、引き寄せが発動する。
引き寄せるな。断ち切れ。返事は」
「は、はいっ!」
「聞くな! 関わるな! 考えるな! 返事は!」
「はいぃっ!」
体育会系の叱咤が特別室に響く。
そこへ戻ってきた社長と柏原さんが、ぽかんと立ち尽くしていた。
「……何やってんだ、お前ら」
「古川の矯正だ。大事なことだ」
「え、えっと……」
私は曖昧に笑うしかない。
羽生さんは大きく息を吐き、最後に釘を刺した。
「よし。約束破ったら三人で説教三時間コースだ」
「う……」
「嫌なら関わるな。シンプルだろう」
「……善処します」
ようやく首根っこが解放され、私は深く息を吸った。
◆
退院手続きを終え、私たちは病院を出た。
「世話になったね、羽生君」
「ああ。無茶な依頼は断れよ」
「しばらくはね」
宮司さんは苦笑し、玄関先で羽生さんに頭を下げた。
車に乗り込み、松川神社へ向かう道。
窓の外を眺める宮司さんの横顔は、ようやく安堵を取り戻していた。
──でも私は、どうしても考えてしまう。
但馬さんのお姉さんが亡くなったこと。
その「亡くなり方」。
呪物集めと、呪詛との関連。
すべてはまだ繋がらない。
けれど、きっと無関係ではない。
鳥居が見えた瞬間、ようやく胸の奥に安堵が広がった。
──みんな、無事に帰ってこられた。
ただ、それだけで、心の底から救われた気がした。
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