第6話 呪物コレクター⑨

柏原さんからの連絡を受け、急いで帰宅した事務員さんに事情を伝える。

電話口で「私が留守を預かります」と言ってくれた声に甘え、

私はその足で会社へ戻ることにした。


電車に揺られながら、脳裏には但馬の言葉が何度も蘇る。

刺さった刃の残滓が、まだ胸の奥でじくじく疼いていた。


「……東地先生に会いたい」


思わずこぼれた呟きに、自嘲が混ざる。

先生なら、沈んだ心をすっと持ち上げる“言葉”をくれるだろう。

――けれど、今は駄目だ。巻き込みたくない。


せめて祈ろう。宮司さんの回復を。

先生が教えてくれた“思いは引き寄せる”という言葉を信じて。

神様だって、こんな結末を望んではいないはずだ。


会社に着くと、社長の奥様が心配そうな顔で出迎えてくれた。

茅島さんも作業場から顔を覗かせ、労いの言葉をかけてくれる。

どうやら社長から、すでに一報が入っているらしい。


淹れてもらったお茶の湯飲みを両手で包む。

温もりがじんわり掌から染みて、張り詰めていた肩の力がほんの少し緩んだ。


「その後、社長から連絡は?」


奥様の問いに、私は首を振る。


「……それが、無いんです。病院に着いた時の一度きりで……」


奥様の表情が曇る。

その沈黙が、嫌な予感を増幅させた。


勤務時間が終わる頃、ようやく社長が戻ってきた。

呼ばれて事務所へ駆け込むと、椅子に沈み込む彼の顔は、疲労で濡れていた。


「……宮司さん、意識は?」


声が震えるのを必死で押し込める。


「……まだだ。昏睡状態のままで……」


かすれた声とともに、社長は目頭を押さえた。

かけるべき言葉が見つからない。

私が黙ると、社長は深く息を吐き、続けた。


「あの依頼主な。実は“厄払いの祈祷”を受けたいって頼んでたらしい」


「……え?」


聞き返すと、社長は苦々しげに説明する。


依頼主は“最近、不幸が続いている”とだけ告げて、柏原さんに厄払いを頼んだ。

けれど実際は――呪詛返しによる祟りだった。


「……そりゃ、あんな倒れ方になるのも無理はねぇよな」


社長の低い声に、背筋がぞくりと冷えた。

最初からそれを告げていれば、対処は違ったかもしれないのに。


「でも……どうして神社に?」


「好みの問題じゃねぇか? 寺は坊主が怖ぇって奴もいる。

お祓い屋は窓口が分かりにくいし、値も張る」


確かに、と頷きかけた――その時。

社長がぽつりと漏らした一言に、心臓が跳ねた。


「……口コミでしか依頼を受けない凄腕がいるらしい。

名前は、浅葱……だったかな」


浅葱。


その名を聞いた瞬間、胸の奥がざわついた。

社長の言う人物が誰なのか、私にはすぐ分かった。


でも、口を開いたら――先生を、この件に引きずり込んでしまう。

但馬の呪いが、もし先生に向いたら。

想像しただけで、喉の奥が硬くなる。


思考が絡まり、答えを出せずにいると――


「宜しいですよ。そのご依頼、お受けしましょう」


不意に、肩へ置かれた温もり。

聞き慣れた、優しい声。


驚いて顔を上げると、そこには穏やかな笑みを浮かべる

東地先生が立っていた。


「初めまして。僕が――浅葱です」


凍りついた空気が、一瞬で震えた。

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