第6話 呪物コレクター⑦

到着した救急隊員へ、社長が宮司さんの状況を矢継ぎ早に説明していた。

隊員の一人が名前を呼び、肩を叩く。

だが宮司さんは薄く目を開ける気配もなく、唇の端に残る赤だけがやけに生々しい。


――もし、このまま意識が戻らなかったら。


不安が脳裏をかすめ、私はぶんぶんと首を振って追い払った。

考えるな。今は目の前の段取りを、ひとつずつ。


ストレッチャーに移され、宮司さんは救急車へ運ばれていく。

柏原さんが掛かりつけの病院名と、既往歴のことを必死に伝えていた。


「出掛けている事務員に連絡がついたの。もうすぐ戻って来るけれど……

それまで社務所を頼めないかしら。迷惑かけちゃうけれど」


「迷惑なんて、とんでもないです。心配せず、付き添ってください」


「……ありがとう、古川さん」


柏原さんは深く頭を下げ、隊員に呼ばれて救急車へ駆け寄った。

サイレンが鳴り、赤い灯が闇を裂く。

遠ざかっていく音に、胸の奥がぎゅっと縮む。


「柏原さん一人じゃ大変だろうから、俺も病院へ行ってくる」

社長が硬い声で言う。

「悪いが会社までは電車で戻ってもらえるか?」


「大丈夫です。事務員さんも戻られるそうですし、留守を頼まれました。

社長は宮司さんと柏原さんの傍にいてあげてください」


「助かる。何かあれば連絡する」


短く告げて、社長は車で走り去った。


宮司さんとは学生時代からの友人――以前、社長はぽろりとそう言っていた。

親友が倒れたのに、仕事なんて手につくはずがない。


どうか、無事でいてほしい。


私は息を整えるように大きく息を吐き、祈祷殿へ戻った。

散らかった神具を片付けようと腰を落とした、その瞬間――

ふっと膝の力が抜けた。


がくん、と身体が落ち、畳にぺたりと座り込む。


……ああ。

気丈に振る舞っていただけで、私だって同じだ。

衝撃が、遅れて追いついてきた。


「……そっか」


小さく漏れた呟きは、誰に向けたものでもない。


「へぇ。意外とナイーブじゃん」


背後から声。振り返ると、柱にもたれた但馬涼太郎が、にやりと笑ってこちらを見下ろしていた。


「腰、抜けたんなら手ぇ貸そうか?」


その愉快そうな顔を――本気で殴りたくなる。


「……大丈夫です」


私は立ち上がり、神具を拾い集める。

なるべく彼を視界に入れないようにしながら、きっぱり言った。


「用事がないなら帰ってください」


「用事はないけど、あんたの方が聞きたいことあるんじゃない?」


確かに。

でも、この男が“素直に”話すわけがない。私は無視して片付けを続けた。


背中に、にちゃりとした笑いが貼りつく。


――マジで、いつか殴る。



社務所へ戻ると、女性が不安げに立ち上がった。

目の周りが赤い。さっきまで泣き崩れていたのだろう。


「宮司さん……どうですか?」


一瞬、言葉に詰まる。

でも、不安のまま帰すのも酷だった。


「大丈夫ですよ」


それは事実ではなく、祈りに近い言葉だった。

女性は肩を落とし、ほっと息を吐いた。


「……そう。良かった……」


ちらりと視線を向けると、但馬さんは冷えた目で女性を眺めている。

その視線の温度に、背中がひやりとした。


「長居してすみません。また改めてご挨拶に伺います」

女性は深々と頭を下げた。

「本当にご迷惑を……」


「震えは、もう大丈夫ですか?」

「ええ……やっと落ち着きました」


私は女性を鳥居まで見送ることにした。

夜気が頬を撫で、境内の灯が淡く揺れている。


階段を下りる直前、女性が立ち止まって振り返った。


「私……簡単に考えすぎていました……。嫌な上司にだって家庭があるのに……。

嫌だからって、他力本願で呪術に頼って……結果、関係ない人を巻き込んで……。

自己中すぎますよね」


泣きそうな声に、胸が痛む。


「……思うところはあります。けど、追い詰められていたのも事実です」

私は言葉を選びながら続けた。

「だから、自分を責めすぎないでください。

今は、ちゃんと安全に帰って、休んでください」


「……ありがとう」

女性は小さく頷く。

「あなたに会えて良かった。宮司さんに、よろしくお伝えください」


深くお辞儀をして、女性は階段を下りていった。

私はその背を見送りながら、やり場のない息を吐く。


そのとき。


「正直に言ってやれば良かったんじゃないの」


背後から声がして、私はびくりと振り返った。

但馬さんが無表情のまま、去っていく女性を見つめている。


「本当のこと隠して、溜息つくくらいならさ」


「……言えませんよ」

私は唇を噛んで言う。

「自分を責めて、潰れちゃいます」


「本当にそう思う?」


但馬さんは口角だけを上げた。


「ここを離れりゃ、上司への罪悪感も、宮司への罪悪感も――すぐ薄れる。

人間なんてそんなもんだろ」


あまりに無遠慮で、反射的に拳が上がる。

――が、手首を軽く掴まれて止められた。


力は強くない。なのに、動けない。

皮膚の下に冷たいものを流し込まれたみたいに、身体が固まる。


「世の中、あんたが思うほど善人ばかりじゃない」


愉快そうに笑いながら、但馬さんは私を見下ろした。


「気付いてんだろ? 俺が呪術師で、あの女が依頼人だって」


喉が鳴った。


「……確証は、ありませんでした」

私は声を絞り出す。

「でも……やっぱり、但馬さんが掛けた呪いなんですね」


「さあね。――で?」


掴んだ手首を離さないまま、但馬さんが囁く。


「あんたは俺に、何を願う?」


背筋に、冷たいものが走った。


「宮司を助けたいんだろ?」

唇が笑っているのに、目は笑っていない。

「呪いを移す“依り代”が必要なんだけどな――」


一拍置いて、耳元に落ちる。


「……あんた、代わりになる?」

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