第6話 呪物コレクター②
家の掃除と洗濯を終えると、もう午前がほとんど過ぎていた。
本来なら土曜日に済ませるところだけれど、昨日は神社のフリマへ出かけたせいで、今日に持ち越してしまったのだ。
空は晴れ渡り、部屋に籠っているのが惜しいほどの陽気。
せっかくだし少し遠出をしよう。
前から気になっていた神社へ、御朱印をいただきに行くことに決めた。
普段乗らない電車に揺られるだけで、胸が少し弾む。
最寄り駅に降り立つと参道までの案内板が出ていて、それに従って歩いた。
住宅街を抜け、石畳の一本道の先に、立派な社殿が見えてくる。
参拝を済ませ、御朱印をいただき、境内のベンチでひと息つく。
目の前の御神木が風に揺れて、ざわざわと優しい音を奏でていた。
「おー。見たことある顔がいるじゃねーか」
不意に声を掛けられて振り向くと、この場に似つかわしくないラフな雰囲気をまとった羽生さんが立っていた。
「羽生さん? 久しぶりですね……びっくりした」
「よぉ。元気そうだな。一人で参拝か?」
「ええ、一人で。すみませんねぇ、ご一緒してくれる人なんていませんから」
わざとらしく口を尖らせると、羽生さんは「ハハハ」と大笑いして、そのまま私の隣へ腰を下ろした。
「東地を誘ってやればよかったのに。きっと喜んで来るぞ?」
「え? 先生って神社仏閣巡りが趣味なんですか?」
「……お前、その返し本気かよ。全力投球すぎてビビるわ」
呆れ顔の羽生さんに、私は軽くチョップを一発。
羽生さんはケラケラ笑いながら煙草に火をつけた。
近くに灰皿があるのを見て、なるほどここは喫煙所らしいと納得する。
「この神社、いいだろ。子どもの頃からの遊び場でな」
「そうなんですね。私、ずっと気になってて、わざわざ電車で来ちゃいました」
「ほう。わざわざ? ……気に入ってくれたなら、良かった」
そう言って、羽生さんは大きな手で私の頭をわしゃりと撫でた。
乱暴なのに不思議と嫌じゃない。肩の力がすっと抜ける。
「昨日はね、ご縁のある神社でフリマをやってて、遊びに行ってたんです」
「へぇ。掘り出し物は見つかったか?」
「ええ、いい買い物ができました。……ただ、そこで“呪物コレクター”という人に出会いまして」
その言葉を口にした途端、羽生さんの表情が曇った。
「やっぱ来るんだよな、そういう輩が。
ちゃんと筋を通す奴もいるが、身勝手で強引なのが多い」
「やっぱり、あまりいいイメージじゃないんですね」
私の相槌に、羽生さんは低く頷く。
「中には質の悪い呪術師も混じってる。
手に入れた呪物を媒体にして、さらに強い呪術をかける。
……厄介なのは、その呪いが祓われた後だ」
「祓われた後?」
「ああ。“呪い返し”ってやつだ。誰に返るか分からねぇ。
祓った人間だったり、呪った本人やその家族に返ったり……。
しかも術者が、わざと狙って返すこともあるらしい」
背筋がぞくりと冷えた。
ロシアンルーレットみたいな呪い――。
昨日出会った但馬さんの顔が脳裏に浮かび、喉がからからになる。
「……そんな危ないもの、安易に頼むべきじゃないですね」
「だよな。だが人間、追い詰められると藁にもすがる。
丑の刻参りだってそうだろ?」
以前、社務所で見た藁人形が脳裏をよぎり、思わず眉をひそめる。
「先生は大丈夫かな……。神社でも相談が増えてるって聞きますし」
「心配すんな。東地にはお前から貰った“守り”もあるしな」
「いやいや、あれはお守りってほどのものじゃ――」
「いざとなったら点野や俺もいる。だから無茶はしねぇよ」
そう言って、羽生さんはまた私の頭をぽんと叩く。
大きな掌の重みが、少しだけ心を落ち着かせてくれた。
「困ったことがあれば、すぐ言え。いいな?」
「……はい。ありがとうございます」
煙草を吸い終えると、羽生さんは立ち上がって大きく伸びをした。
「んじゃ、俺は行く。駅前に甘味処がある。おすすめだぜ」
「覚えておきます。ありがとうございました」
ひらひらと手を振り、羽生さんは石段を下りていく。
残された境内に吹き抜ける風が、御神木の葉をさらさらと揺らした。
――さて、日も傾いてきた。
私も帰るとしよう。
そう思いながら、静かな神社を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます