第4話 今日からお前は俺のもの


「そんなの……平気なわけ、ないじゃないですか」

「あ?」

 私酔いも手伝ってか、私はつい彼に感情をぶつけてしまった。食卓を回り込み、盃に口を付けている藤城課長の前に立つ。

「課長。私だって……ちゃんと夢とか、あったんですよ」

 

 私は、込み上げてくる何かを飲み込むと、顔をあげて彼を睨んだ。

「それが! 身に覚えのない借金で全部パー。 私だって……人並みに、初体験くらい好きな人としたかったよっ。課長のアホバカ、冷血ドエスの鬼っ!」

 

 藤城課長の胸元をグーで叩きながら、悪口雑言を次々放った。

 この、人でなし!

 

 しかし――。

 

 彼は、そのどちらもしなかった。

 息を切らした私を見下ろし、強張った声で問いかけた。

 

「口先だけの同情に、一体何の意味がある」

 無機質な声に、私はひゅっと息を呑む。

 その声には、嫌というほどの実感が滲んでいた。


「……そりゃあ、そうですけど。……せめて優しい言葉だけでも掛けて欲しいのが、人ってものじゃ、ないですか?」

 

 躊躇いながらも反論する私に、彼はさらに低い声で尋ねた。

 

「嫌なら何故、何もしようとしない?」

「私だって、出来るものなら何とかしたいです。でも、無理です! 元金で800万円なんて、そんなの用意出来ません……」

 

 全部吐き出してしまったら、緊張の糸が切れたかのように、身体の力が抜けていった。

 立つ気力もなく、彼の足下にへたり込む。

 

 感情を爆発させてしまったことが、急に気恥ずかしくって、私はまた下を向いた。

 

 静かな声が私の頭の上に落ちてくる。


「……四葉。何があっても俺に従う。それでもいいなら――俺が何とかしてやろうか」

「……え?」

 

 今、なんて? 肩をひとつ震わせた私に、彼はもう一度、今度は大きな声で告げた。


「お前がそれを望むなら――何とかしてやろうと言ったんだ」

「で、でも!」


 おずおずと顔を上げた私の間近にしゃがみこみ、彼は私の瞳を覗き込んだ。


「もう一度確認する。お前はそれを、何としてでも避けたいんだな?」

 私はうんうんと首を振って頷いた。

 

「はい、猫の手にも縋りたいですっ」

「色々と違うが……いいだろう」

 

 彼は、厳かに手を差しのべた。

 躊躇いながらもその手をとると、私を力強く引き上げ立たせる。真っ直ぐな目で見据え、静かな口調でこう告げた。


「なら誓え。お前の全てを――俺に預けると」

「なんかそれも怖……」

 

「『キャンディちゃん』になったお前をからかいにいくのも、俺は全然構わないんだが」

「はい誓います! 藤城課長に、私の全てをお任せします」


 急いで首を上下させると、彫像のようだった表情が、花のように綻んだ。


 「……いい」

 低く、短く言ってから、彼は続けた。

 

「俺に預けろ。全部だ」


 その笑顔だけが、妙に胸に焼き付いて離れなかった。


 

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