第2話 ただ、辞めたいだけなのに
「はあ~~」
朝からまるでやる気が起きない。
重たい足を引きずるように出社した私は、リュックをデスクの上に投げ出した。
「おはよ。どしたの四葉、ため息なんかついちゃって」
優しく声をかけてくれたのは、6つ年上の香河先輩だ。爽やかで親切、おまけにイケメンと三拍子揃った先輩には、私もひそかにあこがれている。
「ああ、おはようございます。あはは、ちょっと……」
普段ならば小躍りして喜ぶところだが、今日に限ってそんな気分ではいられない。私は、曖昧に笑って誤魔化した。
〝だって今、このリュックの中には『退職願』が入っていますから〟なんて言えるわけもない。
私、
「ううう~~~」
パソコンを立ち上げる気力もなく、意味不明の唸り声を上げながらデスクに突っ伏していたところに、いつも通りの始業ミーティングが始まった。
私の部署は『経営企画課』、社の中でも結構な花形だ。とはいえ、私はまだ、先輩の後ろについて回るだけの身。
だと言うのに――。
私はこの後、今、ひな壇席で流れるような美声のスピーチをしているやたら年若い管理職、
プロフィール番号1番、藤城貴彪課長、二十七歳。若くして花形部署を任された、いわゆる〝完璧人間〟。
だが――。
一昨日も、藤城課長は、私の書類を一度も見ずに眉をひそめた。
「……で? これ、何回目だ」
「ひぎぃっ、すみませんっ」
……ムリ。どう考えても合わない。
そんなこんなで、たった半年。私は、彼の前に立つだけで背筋が強張り、じっとり冷や汗をかく。
今日だって、私が退職願いなんて出せばきっと、「お好きにどうぞ」と極上の笑みを浮かべることだろう。
そして、午後一番。
嫌な事は、さっさと済ませてしまいたい。
デスクに戻ってきた藤城課長に私は早々、
「は? ……なんだ。一体どういう事だ」
「い、一身上の都合で、その」
「……」
〝満面の笑み〟と思いきや、彼はさらっとそれを眺めてから、険しい顔で私を睨んだ。
「理由も聞かずに受けとれない。……それに、誤字だらけだ、ほら」
「えっ」
私は、思わず課長を二度見した。意外や意外、なんと彼は私にそれを突き返したのだ。
嬉しい反面、それはそれで少し困る。
「で、でも課長。これにはやむをえない事情がありまして」
私は、再びパソコン画面に向おうとしていた課長の手に、再びそれを捩じ込んだ。
「しつこいぞ四葉。とにかく、今これは受けとれない」
私もついついムキになり、普段のヘタレっぷりを返上して彼に食い下がった。
「でも、困ります、お願いします。どうかお受け取り下さいっ」
「だから。受け取ないと言ってるだろうが。ほら、さっさと席へ戻れ、二時から来客の予定なんだ」
「そこを何とかっ」
押し問答の末、とうとう課長はため息をついた。
「ハァ、分かった四葉、今晩付き合え。――お前の〝事情〟とやらを聞いてやろう」
「は、はい……ありがとう……ございます」
私は、力なく項垂れた。
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