第12話 真夜中の訪問者と、竜の咆哮

深夜二時。  草木も眠る丑三つ時。俺の実家がある古い住宅街は、死んだような静寂に包まれていた。


 俺は実家から百メートルほど離れたコインパーキングに停めたレンタカーの中で、タブレットの画面を凝視していた。  画面には、暗視モードで緑がかった蔵の内部が映し出されている。  『S・シールド』社が設置した、動体検知機能付きのネットワークカメラだ。


「……来たか」


 画面の端に、二つの人影が現れた。  黒い作業着に、目出し帽。手にはバールのようなものを持っている。  プロの空き巣か、あるいは黒川が雇った半グレか。  彼らは手慣れた様子で裏門の鍵をピッキングし、敷地内へと侵入した。目指す先は、母屋ではなく「蔵」だ。


 俺はスマホを手に取り、あるアプリを立ち上げた。  蔵の内部に仕掛けた「スマートホーム」の制御パネルだ。


(さあ、歓迎してやるよ。俺の城へようこそ)


 ***


「……おい、本当にここに金があるのか?」 「ああ。依頼主の話じゃ、延べ棒だの宝石だのを隠してるらしいぜ」


 侵入者たちの囁き声が、集音マイクを通してクリアに聞こえてくる。  二人は蔵の重い引き戸を、特殊な工具で音もなく開けた。  中へ足を踏み入れる。


 だが、そこには何もなかった。  あるのは埃っぽい床と、空っぽの棚だけ。俺の私財はすべて【次元倉庫】の中か、異世界の拠点に移してある。


「チッ、空じゃねえか。ガセネタか?」 「いや、床下とか隠し扉があるかもしれねえ。探すぞ」


 男の一人が、床板をバールでこじ開けようとした。  ――そこだ。  そこは「ゲート」の真上。空間の磁場が歪んでいる場所。


 俺はタブレットの上で、指を滑らせた。  トラップ発動(アクション)。


 カチッ。


 まず、蔵の四隅に設置した『人感センサー連動スピーカー』が起動した。  Bluetoothで接続された大出力のウーファーが震える。  流したのは、警報音ではない。  先日、アークレイアの森で録音しておいた、『ワイバーン(飛竜)』の威嚇音だ。


『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOLLLLL!!!』


 腹の底に響くような、重低音と金属的な金切り声が混ざった、この世のものとは思えない咆哮。  密閉された蔵の中で、その音は暴力的な音圧となって二人を襲った。


「うわああああっ!?」 「な、なんだ!? 猛獣か!?」


 二人が腰を抜かす。  続けて、第二の仕掛け。  天井に設置した『スマートLED電球』が一斉に点灯した。  色は――血のような真紅(クリムゾン)。  さらに、高速で点滅(ストロボ)を繰り返す。


 視界が赤と黒に明滅し、平衡感覚が狂う。  そこへ、竜の咆哮がエンドレスで響き渡る。  現代の科学と、異世界の恐怖のハイブリッド。  もはやここは蔵ではない。お化け屋敷(ホラーハウス)だ。


「やべえ! やべえぞココ!」 「逃げろ! 呪われてる!」


 男たちはバールを取り落とし、蜘蛛の子を散らすように出口へと殺到した。  だが、俺はまだ終わらせない。  逃げ際が一番、ボロが出る。


 俺はマイクボタンを押した。蔵の中に設置されたスピーカーを通じ、ボイスチェンジャーで加工した低い声を響かせる。


『――黒川によろしくな』


 その名を聞いた瞬間、逃げようとしていた男の一人が、恐怖に引きつった顔で叫んだ。


「ひぃっ!? なんで依頼人の名前を……黒川さん、話が違うぞ!」


 言った。  はっきりと、名前を。


 男たちは転がるようにして庭を抜け、闇の中へと消えていった。  俺はタブレットの録画ボタンを停止した。


「……確保(ガッチャ)」


 俺は冷たい缶コーヒーを開け、喉に流し込んだ。  不法侵入の映像。  そして「黒川」という名前が出た音声データ。  これだけあれば、黒川を警察に突き出すことも、あるいは本人に突きつけて揺さぶることもできる。


 しばらくして、タブレットの通知が鳴った。  S・シールド社の担当者からだ。 『侵入者を確認。通報しますか?』


 俺は短く返信した。 『いや、まだ泳がせます。映像データだけクラウドに保存しておいてください』


 まだだ。  不法侵入教唆くらいでは、黒川のような男はトカゲの尻尾切りで逃げるかもしれない。  奴を完全に社会的に抹殺するには、奴が会社の金を横領した証拠と、今回の件をセットにする必要がある。


「震えて眠れよ、黒川」


 俺はエンジンをかけ、車を出した。  日本の守りは固めた。結衣には新しい防犯ブザー(GPS付き)を渡してある。    次は、アークレイアだ。  博覧会での成功は、同時に王族という巨大な権力との接触を意味する。  「星の絹(ポリエステル)」を求めて狂乱した王女殿下への対応が待っている。


 俺は再び、二つの世界を跨ぐ境界線へと向かった。  戦いは、まだ終わらない。むしろ、面白くなってきたところだ。

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