とめどなく、自殺
初めて自殺したのはいつだったか。そうだ、確か、親に視線を向けられたときだ。お前はいい子に育つ。真面目に育つ。優秀に育つ。強く育つ。友達は漫画を読んで、ゲームをして、友達と遊んでいた。いつもそれが羨ましかった。けれど、それを羨ましいと言うことは許されなかった。「お前は、そんな子に育ってしまったのか。」親が悲しそうな顔をするのは、私も悲しかった。だから、遊ぶのが好き。そんな私は自殺した。
友達は言った。なんで遊ばないの?のり悪くない?真面目すぎない?そんなことを言われても、死んだ人は帰ってこないのだ。私だって、本当は遊ぶのが好きだったんだけどな。自殺したからこうなっただけ。でも、友達がつまらなそうな顔をするのは私もつまらなかった。仕方なく、私は自殺した。友達と遊ばずに、真面目に勉強する私は死んだ。家で親の前では勉強し、学校で友達の前では楽しそうに遊ぶ。そんな、周りの目を気にする私が生き残った。
男の子に告白された。大して知らない子だった。さすがに知らない人のために自殺するのは憚られた。だから、断った。次の日、私は多くの人に詰め寄られた。運動も勉強もできて顔のいい人を振るなんて、もったいないと。友達が言った。贅沢だと。そんな羨ましそうな顔で私を見つめることができる友達が羨ましかった。だから、恋愛に興味のない私は自殺した。
先生に聞かれた。将来、何になりたいのか。なりたい職業なんてない私は、親が望む職業につければいいと言った。先生は優しく、君のやりたい職業に就くんだよ。それがきっと親が君に望む職業さと言った。先生は私の親の何を知っているんだろう。私は先生に、親は私に看護師になってほしいらしいですと言った。先生は難しそうな顔をして、私がどうなりたいのかを聞いた。埒が明かない。先生は、言いたいことを伝えるのが難しいと言ったけど、私の言いたいことも先生に伝えるのは難しかった。だから、私のやりたいことは自殺した。かわりに親がやってほしいことが私のやりたいことになった。
本を読む知的な人が周りから好かれた。だから活字が嫌いな私は自殺した。運動のできる活発的な子が周りから好かれた。だから、走るのが嫌いな私も自殺した。あの子が喜ぶ顔をした。だから自殺した。あの子が怒った顔をした。だから自殺した。あの子が悲しい顔をした。だから自殺した。あの子が楽しそうな顔をした。だから自殺した。
彼氏が言った。愛されている気がしないと。十分愛しているつもりだった。彼氏には足りないらしかった。節度という曖昧な概念がわからなくて、一歩引いているのがよくなかったのかもしれない。彼氏の泣く姿に私も泣きたくなった。だから、冷めた私は自殺した。
次の彼氏が言った。愛が重いと。私は自殺した私のことを思い返した。彼氏のストレスは、私にもストレスだった。だから自殺した。私の愛は死んで、相手の愛に同じだけの出力を返す機能だけが残った。
同期が言った。仕事をしすぎだと。同じ同期に真面目な人がいると比較されて困るらしい。私のせいで困ると思われるのは困ると思った。だから、仕事で手の抜かない私は自殺した。
先輩が言った。仕事で手を抜くなと。社会人としての自覚を持てと言った。私みたいな気の抜けた人がいると、皆に迷惑がかかるらしい。誰かに迷惑をかけるような人間と評価されるのは迷惑だった。だから、仕事で適度に息を抜く私は自殺した。同期や先輩と同じだけの作業を機械的にこなす私が残った。
患者が言った。苦しいと。癌の患者だった。タバコを山のように吸い、酒瓶を毎日空にし、暴飲暴食を繰り返し、横領だってして、会社を首になった後もろくに働きもせず、生活保護でうまいこと生計を立てた、薄汚い老人だった。私も言いたい。苦しい。なんで。苦しいよ。私はこんなに死んでるのに報われない。私はもう自分が何を好きなのかも。なにが嫌いなのかも、何ができるのかも、何ができないのかも、何がしたいのかも、何がしたくないのかも、何も何も何も何もわからないのに。私が私なのかもわからないのに。ただみんなのために、死んで死んで心で新で信で真で清で親で審で染んで辛で死んだのに、なんで死に損ないのお前は生きようとするの?苦しいのは私だよ?私は衝動的に、この患者の生命維持装置を引きちぎってやろうかと思った。けれど、それをぶつけてこの老人を殺しても、同じような、いや、もっとひどい人間だって、蛆のように腐るほど湧くであろうことを知っていた。だから、自殺した。
この世界になんで生きていたかわからない、誰かもわからないような命が死んで、後には蛆が湧く温床になるだけの、腐敗を待つ絶望だけが残った。私の中の希望がいつ自殺していたのか、私には分からなかった。
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