第8話:牽引跳躍――成功?失敗?(とりあえず生きてる!)



 ◇◇◇


 光が、世界をひっくり返した。


 ホシマルのブリッジが一瞬だけ無音になって、

 次の瞬間――骨の奥まで響くような“ズン”という衝撃が来た。


「うおおっ!?」


 シグは操縦席に押しつけられ、喉の奥から変な声が漏れた。


「やばっ! 俺、いま宇宙でワープしてる! 牽引したまま! 絶対やっちゃいけないやつ!」


 言いながら、すぐ自分にツッコむ。


「いや、やったの俺だ! 言ってる場合じゃない!」


 ミラの声が、いつもより少しだけ硬い。


「跳躍完了。座標誤差……0.9」


「0.9って何!? 0.9って!」


「致命的ではありません。ですが、近いとは言えません」


「それ、だいぶズレてるってことじゃん!」


 背後の牽引ケーブルが、ビリッ、と嫌な音を立てた。

 エミーが通信で叫ぶ。


『船長! テンションが暴れてる! グリット号、追いつけてない!』


「えっ!? 切れる!?」


『切れる前に調整する! だから揺らすな、絶対揺らすな!』


「揺らさない! 揺らさないけど心は揺れてる!」


 ブリッジの窓の外、景色が戻った。

 そこにはさっきまでの瓦礫帯がない。


 代わりに、薄暗い宙域と、遠くの星の光。

 そして――静かすぎるほどの静けさ。


「……生きてる?」


 シグが呟くと、ミラが即答した。


「生存しています」


「よし! 勝ち!」


「勝ちではありません」


「細かい!」


エミーが息を吐く。


『……ケーブル、持った。ギリね。ほんとギリ』


「ギリって言うなギリって!」


『ギリはギリ。辺境はギリでできてる』


「名言っぽく言うな!」


 ガル船長の声が、ノイズ混じりで入ってきた。


『おい……! おい! 生きてるか!?』


「生きてる! ガル船長も!?」


『生きてるが……俺の胃が死にかけてる』


「そりゃそうだ! 牽引跳躍とか狂気だもん!」


『狂気だと分かっててやったのか!?』


「……はい!」


『正直で腹立つ!』


 シグは思わず笑ってしまった。

 こんな状況なのに、笑える。


(あれ? 俺、いま…仲間いるの、すげぇ安心してる)


 ミラがセンサーを更新する。


「追跡者の反応……消失」


「よし!」


シグは拳を握った。


「計算外成功! ドローン、置いてきた!」


 エミーがすぐ釘を刺す。


『油断しない。ああいうのは“探してくる”』


「先生、怖い!」


 そのとき、ホシマルの計器がピッ、と鳴った。


――警告:冷却系統負荷


――補助冷却ポンプ:温度上昇


「え、ちょ、今度はこっち!?」


 エミーが即答する。


『牽引跳躍で負荷かけすぎ。止まって冷やす。今すぐ』


「止まるってどこで!? 宇宙のどこで!?」


 ミラが淡々と言う。


「近傍に小惑星帯。遮蔽物になり得ます」


「遮蔽物ってことは…また何か来る前提!?」


「安全確率が上がります」


「確率って言葉、やめて!」


 ホシマルは小惑星帯へ向けて減速した。

 大小さまざまな岩が漂い、そこに薄い光が反射している。

 その影に隠れるようにして、二隻は慎重に滑り込んだ。


 エミーが貨物室から報告する。


『冷却、回す。船長、推進落としたまま維持』


「了解!」


 シグは操縦桿を握り、静かに息を吐いた。

 さっきまで命がけで動かしていた手が、少しだけ震えている。


「……やべぇ。楽しいけど、疲れるなこれ」


 言った瞬間、また自分にツッコむ。


「いや当たり前だろ! 命運んでんだぞ!」


 ガル船長の声が低くなる。


『なあ、護衛ってのはここまでやるもんなのか?』


「普通はやらないと思います!」


『だろうな!』


 エミーが笑った。


『うちの船長、善人で無茶するタイプだから』


「言い方!」


 ミラが静かに割り込む。


「船長。補給線襲撃の“痕跡”を確認しました」


「え?」


 ミラが投影したログに、微弱な信号の断片が出る。

 救難信号が出せないはずの宙域で、ほんの一瞬だけ、誰かが何かを送っている。


「これ…SOSじゃない?」


 ミラが答える。


「形式が異なります。 救難ではなく――識別要求に近い」


 エミーが眉を上げた。


『識別要求? 誰が誰に?』


 ガル船長が唸る。


『この宙域に、誰かいるのか…?』


 小惑星の影が、妙に濃く見えた。

 宇宙なのに、暗闇が“潜んでいる”感じがする。


「……やめてよ、急にホラーにするの」


 シグは冗談っぽく言って、心の中で自分を落ち着かせる。


(俺は明るい主人公だ。怖いのは……まあ、ちょっと苦手だけど)


 そのとき、ミラの声がさらに低くなる。


「接近反応。小型。二つ」


「えっ、もう!?」


 エミーが怒鳴る。


『船長、動ける!? 冷却まだ!』


「まだだよ! うちのホシマル、いま息整えてるところ!」


 小惑星の影から、二つの光が浮かび上がった。

 

ドローン――ではない。


 形が違う。船というより、

 “棺桶”みたいに細長いカプセル。


「……あれ、ポッド?」


 ミラが答える。


「救命ポッドの可能性。ですが、信号が異常です」


 エミーが小声で言う。


『嫌な予感するね』


 ガル船長が叫ぶ。


『おい、あれ…俺の仲間のポッドかもしれん!』


 ポッドが、こちらへ向かってゆっくり回転した。

 

 そして――外装が、開いた。


 中から出てきたのは、白い煙のようなもの。


 煙は宇宙で広がらない。

 なのに、それは“霧”みたいに形を保って、こちらへ伸びてきた。


「……え、何それ」


 シグは声が裏返った。


「宇宙で霧って、そんなのアリ!?」


 ミラが短く言う。


「未知現象」


 エミーが低く言った。


『船長、逃げる準備』


「逃げる! 逃げるけど! グリット号は!?」


 ガル船長が叫ぶ。


『俺の仲間が…!』


 エミーが言い切る。


『今は生きろ。助けるのは、その後だ』


 霧が触れた瞬間、ホシマルの計器が“凍った”。

 動きが鈍くなる。

 まるで宇宙そのものが粘ついたみたいに。


 ミラの声が焦る。


「制御遅延。推進応答低下」


「嘘だろ!? さっきのドローンより嫌だ!」


シグは必死に操縦桿を握った。


「ホシマル! 頑張れ! 青春の力で!」


(青春万能説やめろ!)


(でも今は言わせて!)


 視界の隅に、また小さな文字が一瞬だけ点滅した。


――Neural Log : ACTIVEニューラルログアクティブ


 シグは気づかない。

 ただ、自分の心臓の音だけが大きく聞こえていた。


 霧は、じわじわとブリッジへ迫っていた。




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 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 物語は、まだ続きます。


 次話、「第9話:宇宙に霧!?――止める勇気と、拾う覚悟」です。


 現在連載中の長編ダークファンタジー

『人間を捨てた日、異界の扉が開いた』も更新しています。

 よろしければ、お読みください。

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