第11話 候補者は、一人になった

 アシメは、解析室の照明を落とした。

 必要なのは、全体像じゃない。


 一人分の人生だ。


「ORACLE。《JUDGE》行動時刻と一致する、周辺人物を抽出」

『条件設定』

「条件は三つ」


 アシメは指を立てる。

「第一。事件現場付近に“必ずいる”こと」

「第二。事件後に“明確なアリバイがない”こと」

「第三。過去に、未解決の重大事件と接点があること」

 ORACLEが、静かに処理を始める。


 候補者数:

 312人

「多いな」

 アシメは、さらに条件を足す。


「第四。異常な行動修正履歴」

『……定義、曖昧』

「“やり直した痕跡”だ」

 しばらく沈黙。


 そして。

『条件受理』

 画面の数字が、減っていく。


 312 → 58 → 9 → 3

 最後に、1。

 アシメは、息を止めた。


『候補者:一名』

 画面に、顔写真が表示される。

 大学生。

 年齢、二十。


 名前――。

「……ユズル」

 アシメは、しばらく画面を見つめていた。

 拍子抜けするほど、普通の青年。


 前科なし。

 交友関係、狭い。

 アルバイト、なし。


「目立たないな」

 それが、逆に決定的だった。


 資料をめくる。

 家族構成。

 父:警視庁刑事課所属(故人)

 死亡原因:刺殺。

 犯人:不明。

 アシメの指が、止まる。


「……繋がった」

 アシメは、過去のデータを重ねる。

 父親死亡事件の時間帯。

 現在の《JUDGE》の行動パターン。


 “時間的不整合”の始点。

 すべてが、同じ年だった。


「ORACLE。ユズルの行動履歴を再構築」

『実行』

 地図に、線が浮かぶ。

 事件現場と、

 彼の日常動線が、完全に重なる。


 偶然ではない。

 執着だ。

 アシメは、椅子にもたれた。


「……正義じゃない」

 これは、

 父親の続きを生きてるだけだ。


 アシメは、ノートに一文書いた。

「“裁き”は、教育された」

 ユズルは、

 自分で正義を選んでいない。


 父という規範。

 死という断絶。


 その隙間に、

 能力が入り込んだ。


 端末が、震える。

 新たな事案。


 だが今回は、違った。

『JUDGE、行動未実行』

『予測不一致』

 アシメは、目を細める。


「……気づかれたか」

 画面のユズルの写真を見る。

 どこにでもいそうな、

 普通の青年。


 だが、その裏に――。

 何百回も、

 人を殺してきた時間。


 アシメは、立ち上がった。

「逮捕は、できない」

 証拠が、存在しない。


 時間を戻される。

 なら――。

「直接、会う」


 解析室を出る直前、

 ORACLEが静かに告げた。

『警告』

『対象は、観測者を排除する可能性あり』


 アシメは、振り返らずに言う。

「それでもだ」

 人間は、

 人間に止められるべきだ。


 夜。


 ユズルのアパートの前で、

 アシメは立ち止まった。


 インターホンを見る。

 押せば、

 物語は、次の段階に進む。


「……ユズル」

 その名前を、初めて声に出す。


 彼は、まだ知らない。


 自分が、

 裁かれる側に回ったことを。

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