第4話 最初の裁きは、正しかった

 そのニュースは、深夜に流れた。


 〈通り魔事件 被害者二名死亡〉

 〈現行犯逮捕ならず〉

 ユズルはスマホを握ったまま、しばらく画面を見つめていた。


 犯行現場は、大学から帰る時によく通る商店街。


 時間帯も、ほぼ同じ。


(……間に合わなかった)

 胸の奥が、嫌な音を立てる。


 だが、今回は違った。


 ユズルは、ベッドに腰を下ろし、静かに目を閉じた。

(戻る)

 意識が、すっと沈む。


 ――次に目を開けた時、空はまだ夕方だった。


 スマホを見る。

 事件発生の、三十分前。

 心臓が高鳴る。


(いける)

 ユズルは、すぐに家を飛び出した。

 商店街は、まだ平和だった。


 買い物袋を下げた主婦。

 部活帰りの高校生。

 何も知らない日常。


 ユズルは、人混みの中で“違和感”を探した。


 ――いた。

 ベンチに座る、痩せた男。


 落ち着きなく視線を動かし、指先が小刻みに震えている。


 ポケットの膨らみ。

 目の焦点の合わなさ。


(……あいつだ)

 根拠は、ない。

 でも、未来を知っている。


 ユズルは、ゆっくりと近づいた。

「……何だよ」

 男が睨みつけてくる。


「ちょっと、話を」

「知らねぇ」

 立ち上がろうとした瞬間、ユズルは男の腕を掴んだ。


「やめろ!」

 抵抗。

 次の瞬間、ポケットから刃物が見えた。


 周囲がざわつく。

「やっぱり……」

 ユズルの心は、不思議なほど静かだった。


 男がナイフを振り上げる。

 ――ユズルは、躊躇なく飛び込んだ。


 殴る。

 転ばせる。

 ナイフが地面に転がる。


「離せ! 俺は……!」

 男の叫びを、最後まで聞かなかった。

 ユズルは、男の首に腕を回した。


 力を、込める。

 男の動きが、徐々に弱くなる。


(止める)

(今、ここで)

 意識が遠のく感触が、腕を通して伝わってきた。


 数秒後、男は動かなくなった。

 ユズルは、息を整えながら立ち上がる。


 周囲は、静まり返っていた。

 誰も、悲鳴を上げていない。

 血も、流れていない。


 ――未来は、変わった。


 後日。

 ニュースはこう報じた。


 〈通り魔事件 未然に防止〉

 〈不審者、現場で死亡〉


 ユズルは、画面を見つめていた。

 被害者は、ゼロ。

 胸の奥に、熱いものが込み上げる。


(……できた)

 父の顔が浮かんだ。


『よくやったな』

 そう言われた気がした。


 その夜、ユズルは久しぶりに眠れた。

 悪夢も、うなされることもなかった。


 正義は、報われた。


 ――少なくとも、この時点では。

 翌朝。

 ユズルは、ふと気づいた。


 ニュースの片隅に、見慣れない記事があった。


 〈死亡した男、精神疾患による通院歴あり〉

 〈事件当日、錯乱状態だった可能性〉


 画面をスクロールする。

 〈凶器から指紋検出されず〉

 〈犯行動機、特定に至らず〉


 胸が、わずかにざわつく。

(……でも)

(未来では、確かに殺していた)

 ユズルは、スマホを伏せた。


 考えない。

 今は、考えなくていい。


 これは、正しい裁きだった。


 そうでなければ――。


 自分が、最初に踏み出した一歩が、

 すべて間違いになってしまうから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る