第九章 水道橋の完成
異端審問は、王城の大広間で行われた。
集まったのは、王と王族、大臣たち、貴族の代表、そして——
大神殿の大神官カルディナス。
白い法衣を纏った老人。しかし、その目には狡猾な光があった。
「田所勝男」
カルディナスは裁判官のように宣言した。
「汝を、神への冒涜、聖なる水の侮辱、民を惑わす異端の罪で告発する」
勝男は黙って聞いていた。
「汝は、『聖なる水』を否定し、自らの邪法でこれに代わるものを作り出した。これは神殿の権威を否定し、神の定めた秩序を破壊する行為である」
「一つ質問があります」
勝男は手を挙げた。
カルディナスは眉をひそめた。
「何だ」
「『聖なる水』で疫病は治りましたか?」
沈黙が落ちた。
カルディナスの顔が赤くなった。
「それは——」
「治っていないから、俺が呼ばれたんですよね。ヴェルニアでも、王都でも、神殿の水では疫病は止まらなかった」
勝男は一歩前に出た。
「俺の水では止まりました。ヴェルニアの疫病は、俺が水道を作ってから激減した。事実です」
「詭弁だ!」
カルディナスが叫んだ。
「汝の邪法が効いたように見えるのは、悪魔の仕業だ!」
「では、今ここで証明しましょう」
勝男は振り返り、王を見た。
「陛下。約束通り、実演の機会をください」
王は頷いた。
「許可する。何が必要だ」
「二つの容器と、この城の井戸水を」
兵士が二つの大きな水瓶を運んできた。
どちらも王城の井戸から汲んだ水で満たされている。
「大神官殿」
勝男はカルディナスに向き直った。
「一つの水瓶に、あなたの『浄化の祈り』を捧げてください」
カルディナスは憤慨した様子だったが、拒否するわけにもいかない。
彼は水瓶の前に立ち、両手を掲げて祈りを始めた。
荘厳な声で、神への祈りを唱える。
十分ほどの祈りの後、カルディナスは宣言した。
「この水は浄化された。神聖なる水となった」
「では、俺もやらせてもらいます」
勝男はもう一つの水瓶に近づいた。
手を水に浸す。
水は命だ。
いつもと同じ。しかし、今日は——
この一回が、全てを決める。
勝男は全力を注いだ。
体中のエネルギーが、手のひらを通って水に流れ込んでいく。
光が広がった。
水瓶全体が、青白い光に包まれる。
光が消えた時——
水は完璧に透明になっていた。
「これで終わりです」
勝男は言った。
「二つの水を比べてみてください」
王が立ち上がり、二つの水瓶を見比べた。
カルディナスが祈った水は——変化がなかった。元のままの、やや濁った井戸水。
勝男が浄化した水は——澄み切った透明。
「明らかに違う」
王は呟いた。
「勝男殿の水は、明らかに綺麗だ」
広間がざわめいた。
カルディナスの顔が蒼白になった。
「しかし——しかし、見た目だけでは——」
「では、飲んでみてもらいましょう」
勝男は言った。
「俺は自分の水を飲みます。大神官殿は、自分の水を飲んでいただけますか」
カルディナスは凍りついた。
自分の水を飲む——
それは、神殿が売っている「聖なる水」と同じものだ。本当に効果があるなら、飲んでも問題ないはずだ。
しかし——
カルディナスは動かなかった。
勝男は自分の水を掬い、飲み干した。
「美味い」
彼は言った。
「さあ、大神官殿もどうぞ」
沈黙。
広間の全ての目が、カルディナスに注がれた。
「……飲まないのですか」
王が静かに言った。
「自らの祈りで浄化した水を、なぜ飲まないのだ」
カルディナスは震えていた。
彼の口からは、言い訳も弁明も出てこなかった。
その沈黙が、全てを語っていた。
「もう十分だ」
王は宣言した。
「田所勝男。お主を異端の罪で裁くことはできない。お主の技術は、神への冒涜ではなく、民を救う奇跡だ」
広間に歓声が上がった。
勝男は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、陛下」
王は続けた。
「それどころか——」
彼は大臣たちを見回した。
「私は、田所勝男を王国水道局の初代局長に任命したい。この国全体に、彼の水道技術を広めるためだ」
ざわめきが広がった。
カルディナスが叫んだ。
「陛下! そのようなことは——」
「黙れ、カルディナス」
王の声は冷たかった。
「お主の祈りが効かないことは、今日証明された。これ以上、神殿の利権を守るために民を犠牲にするつもりはない」
カルディナスは何か言おうとしたが、言葉が出なかった。
彼は屈辱に打ち震えながら、広間を去っていった。
勝男は王を見上げた。
「陛下。お任せください」
彼は言った。
「この国に、清潔な水を届けてみせます」
王は頷いた。
「期待している」
こうして——
勝男は、王国の水道事業を一手に担う立場になった。
しかし——
これで全てが解決したわけではなかった。
神殿の恨みは深い。カルディナスは必ず復讐を企てるだろう。
そして、北方からは——
新たな脅威が、静かに迫りつつあった。
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