第十八章 世界配達

それから、一か月が経った。


 世界は、ゆっくりと変わり始めていた。


 四王国同盟の中で、対話派が力を持ち始めた。アレクサンダー王も、態度を軟化させつつあった。


 魔王軍内部でも、和平派が増えていた。バルガスを筆頭に、戦争終結を望む声が大きくなっていた。


 そして、最も大きな変化は——


「民間レベルでの手紙の交換が、急増しています」


 エリナが報告した。


「魔王軍の領域と、人間の領域の間で。家族同士、友人同士、かつての知り合い同士」


「数は」


「先月の十倍以上です。処理が追いつかないほど」


 正配は満足げに頷いた。


「いい傾向だ」


「でも、問題もあります」


「何だ」


「戦争継続派が、妨害を始めています。手紙を燃やしたり、配達員を襲ったり」


「被害は」


「今のところ、軽傷者が数名。でも、エスカレートする可能性があります」


 正配は考え込んだ。


「対策が必要だな」


   *


 正配は、四王国と魔王軍の双方に、特別な提案を行った。


「郵便ルートの非戦闘区域化」


 それは、手紙を運ぶルートを「聖域」として認め、そこでの戦闘行為を禁じるという提案だった。


 抵抗は強かった。


「敵に抜け道を与えるつもりか」


 カルム共和国のオーウェン首相が反対した。


「郵便ルートを通って、軍が移動する可能性がある」


「郵便局が監視します」


 正配は答えた。


「ルートを通るのは、手紙と配達員だけ。それ以外は、許可しません」


「どうやって監視する」


「万物配達権の力を使います。不正な使用があれば、即座に分かります」


 議論は長引いたが、最終的には合意が成立した。


 郵便ルートは、世界初の「非戦闘区域」となった。


   *


 非戦闘区域の設立は、予想以上の効果をもたらした。


 そこを通れば、安全に移動できる。その事実が、人々に希望を与えた。


 戦場から逃げてきた難民が、郵便ルートを通って安全な場所へ移動した。


 離れ離れになった家族が、郵便ルート沿いの町で再会した。


 商人たちも、郵便ルートを利用し始めた。戦争で途絶えていた交易が、少しずつ復活した。


「局長、見てください」


 ミミが窓の外を指差した。


 郵便局の周囲に、町ができつつあった。


 最初は、配達員のための宿屋だけだった。だが、今は商店、食堂、宿、さまざまな建物が立ち並んでいる。


「郵便局を中心に、町が生まれている」


「すごいですね」


「ああ。すごい」


 正配は感慨深げに言った。


「これが、繋がりの力だ」


   *


 だが、問題も山積みだった。


 戦争継続派の妨害は、エスカレートしていた。


 ある日、郵便飛脚団の中継点が襲撃された。


「被害状況は」


「中継点は全焼。協力者のマルコさんが、重傷です」


 シルフィアが沈痛な表情で報告した。


「犯人は」


「分かりません。ただ、現場に残されたメッセージによると——」


「何と書いてあった」


「『裏切り者に死を。魔族に手紙を届ける者は、人類の敵だ』と」


 正配の拳が、握りしめられた。


「マルコは、どこにいる」


「近くの村で、治療を受けています」


「見舞いに行く」


   *


 マルコは、ベッドに横たわっていた。


 全身に包帯が巻かれ、顔には火傷の跡がある。


「局長……」


「喋るな。休んでろ」


「すみません……中継点を、守れなくて……」


「お前のせいじゃない」


 正配はマルコの手を握った。


「生きていてくれて、ありがとう」


 マルコの目に、涙が浮かんだ。


「局長……俺は……まだ、やれます……」


「分かってる。だから、今は休め」


 正配は立ち上がった。


「必ず、犯人を見つける。そして、こういうことが二度と起きないようにする」


   *


 正配は、対策を講じた。


 中継点の防衛を強化した。警備員を配置し、魔法の結界を張った。


 同時に、妨害行為に対する声明を出した。


『郵便局は、全ての人に開かれています。敵も味方も、人間も魔族も。手紙を届けることを妨害する行為は、いかなる理由があっても許されません。郵便局は、暴力に屈しません』


 声明は、四王国と魔王軍の双方に届けられた。


 反応は、分かれた。


 多くの人々は、郵便局を支持した。だが、一部は反発を強めた。


「局長、身辺に気をつけてください」


 ユリウスが言った。


「お前を狙っている者がいるかもしれません」


「分かっている」


「護衛を強化しましょう」


「いや」


 正配は首を振った。


「護衛を強化したら、俺たちの方が暴力に訴えていることになる。それは違う」


「でも——」


「俺は郵便局員だ。武器は持たない。暴力には屈しない。それが、俺のやり方だ」


 ユリウスは何か言いかけたが、口をつぐんだ。


「分かりました。でも、無茶はしないでください」


「ああ」


   *


 数日後、正配は一人で出かけた。


 魔王城へ向かうためだ。


 途中、荒野で足を止めた。


 嫌な予感がした。


「——出てこい」


 正配は、周囲に向かって言った。


 沈黙。


 そして——


 岩陰から、覆面をした男たちが現れた。十人ほど。全員、武器を持っている。


「郵便局の局長だな」


 リーダーらしき男が言った。


「お前を殺せば、郵便局は終わる。魔族との繋がりも、断ち切れる」


「そうかもな」


 正配は平然と答えた。


「でも、殺しても意味がないぞ」


「何?」


「俺がいなくても、郵便局は続く。仲間がいるからな」


「なら、仲間も殺す」


「殺しきれるか? 世界中に、郵便局の協力者がいる。全員殺すのか?」


 男たちは、一瞬動きを止めた。


 正配は続けた。


「お前たちは、戦争を続けたいんだろう。でも、もう無理だ。人々は、平和を望んでいる。手紙を通じて、繋がり始めている」


「黙れ!」


 リーダーが剣を振り上げた。


 その時——


「やめろ」


 声がした。


 振り返ると、黒騎士ゴルダスが立っていた。


「ゴルダス? なぜここに」


「魔王様の命令だ。お前を護衛しろと」


「護衛?」


「お前は、魔王様にとって大切な存在だ。死なせるわけにはいかない」


 ゴルダスは剣を抜いた。


「お前ら、引け。でなければ——」


 男たちは、黒騎士の威圧感に呑まれた。


 やがて、リーダーが舌打ちした。


「覚えていろ」


 そう言い残して、男たちは去っていった。


   *


「助かった」


 正配はゴルダスに礼を言った。


「礼はいらん。任務だ」


「でも、ありがとう」


「……」


 ゴルダスは何も言わなかった。


「お前も、変わったな」


「何がだ」


「最初に会った時は、俺を殺そうとしていた」


「魔王様の命令だった」


「今は、助けてくれた」


「これも、魔王様の命令だ」


 正配は笑った。


「そうかもな。でも、お前の目は変わった」


「目?」


「前は、敵を見る目だった。今は、違う」


 ゴルダスは黙った。


 やがて、ぽつりと言った。


「……俺にも、家族がいる」


「知っている」


「お前の郵便局のおかげで、連絡が取れるようになった。子供が、大きくなった写真を送ってきた」


「そうか」


「だから——」


 ゴルダスは正配を見た。


「お前のことは、嫌いじゃない」


 正配は笑った。


「それは光栄だ」


 二人は並んで、魔王城へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る