第2話 違和感しかない関係
「あら、サルグミン嬢! こちらにいたんですか?」
仕方なく振り向くと、レイラ嬢が勝ち誇ったような笑みを浮かべて、こちらを見ている。ロベルの腕にしっかりもたれかかるようにして。ロベルも彼女の腕を振り払うそぶりもない。
大勢が見守る中、婚約者を目の前にしても悪びれる様子もないロベルに、私は何と声をかけていいかわからずにいた。
「ディア、来てたんだね」
ロベルは、何事もないかのように私に笑顔を向ける。そんな彼に、気が遠くなる思いがした。
私が何も答えずにいると、調子に乗ったレイラ嬢が口元を歪める。
「サルグミン嬢があんまりにも目立たないお姿をしているので、うっかり見過ごすところでしたわ」
はあ……そうでしょうね。
今日のパーティーは、この王国の社交界一のご意見番として名高いモンタナ侯爵夫人が主催する、慈善を目的としたもの。夫人は、貴族令嬢の華美すぎる装いに冷ややかなことでも有名だ。しかも、日の高い時間帯のパーティーでもある。だから今、ホールに集う令嬢たちのほとんどが、装飾を抑えた装いをしており、私もそれに倣っている。
むしろ、レイラ嬢の色もデザインも派手すぎる、まるで王宮の夜会にでも参加しているかのようなドレスのほうが違和感ありまくりだ。
だが、そんなことを言っても通じない相手だということは、他人の婚約者に腕を絡ませて、堂々と人前に立っていることで明らかだ。
私はレイラ嬢に答えることなく、ロベルに笑みを向けた。
「ロベル様。このような人目がある場所では、振る舞いに気を使われたほうがいいのではないでしょうか。おかしな噂が立つのは、ショワジー家にとってもよろしくないと思います。そろそろ、その腕をお離しになったらいかがですか?」
「ああ……そうだね。でも、レイラ嬢が一人では心細いと言うんだ。僕の他に知り合いもいないと言うので、今日は一緒にいてあげようと思っているんだ」
すかさずレイラ嬢が、ロベルにしなだれかかるようにして言った。
「ロベル様は本当にお優しい人なんですー。今日は婚約者ではなく、私と一緒にいてくれると約束してくれたんですから。ねえー、サルグミン嬢もそう思いません?」
こいつらは、何を言っているんだ?
「でも、ロベル様……」
「いやだー、サルグミン嬢……そんな怖~い目でにらまないでください! ロベル様、サルグミン嬢は私のこと、嫌いみたいで、怖いです……」
レイラ嬢のあざとい甘え声に吐き気がしそう。
だが、困ったような顔をしたロベルが口にしたのは、最低な一言。
「ディア、君はレイラ嬢が可哀そうだとは思わないの? 君がそんな冷たい人だとは思わなかったよ……。とにかく、今日はレイラ嬢についていてあげることにしたから。ディアならわかってくれるよね?」
ええと……わかりません、そんなこと!
可哀そうなのは、私のほうだ。
そう言って思い切りなじってやりたいけれど、ぐっと言葉を飲む。こんな時は、取り乱したほうが負けだ。
いつの間にか遠巻きに私たちを窺っていた人々が、視線だけこちらに向けて、こそこそと囁き合っている。私は泣きたいほど惨めな気持ちがした。そこへ――。
「皆さま、本日はお集まりいただきまして感謝申し上げます。メルビング王国の麗しい未来のために、皆さまの篤い慈悲の心をもって語らい合う場といたしましょう」
時間通りにホールに現れたモンタナ侯爵夫人の、開会の言葉が聞こえた。皆が一斉に、その声のほうへと目を向け、夫人への挨拶に列をなし始める。
(助かった……)
くるりと背を向けて、私はその場を離れた。背中のほうで、ロベルの名を呼ぶレイラ嬢のわざとらしい嬌声が聞こえたが、もうどうでもいい。
モンタナ侯爵夫人への挨拶は、あの二人が終えてからでいい。それまでしばらくの時間稼ぎに、庭園を歩いてみることにした。
侯爵家自慢の庭は、いつでも満開の薔薇が見られることで知られている。
モンタナ侯爵夫妻は、この王国の貴族社会には珍しい、純粋な恋愛結婚だ。モンタナ侯爵は、愛する夫人のために、夫人の一番好きな花である薔薇が季節を問わず屋敷を彩るようにと、時を違えて咲く多品種の薔薇を国内外に求めた。その結果、侯爵家の薔薇の庭は、王宮の庭園にも勝ると言われるほど。
(優しいロベルとなら、愛のある関係になれると思っていたんだけどな……)
私とロベルとの婚約は、家同士が決めた政略結婚。
でも、幼い頃のロベルとの記憶に、私はそれ以上のものを期待してしまっていたのだ。
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