第2話 見えない牙と、不実な飲み方


「おいマスター! 景気づけに一番強え薬をくれ! ついでにこの強い酒で一気に流し込んで、嫌なこと全部忘れてシャキッとしたいんだ!」


エル・ルシアの静寂を破って現れたのは、案の定、村人Aだった。 手には飲みかけの酒瓶。説明書(添付文書)は、店に入る前に道端へ捨ててきたらしい。


「待て、村人A」 聖騎士が、あやすような……いや、憐れむような目で村人Aを見た。 「お前、その薬をなんだと思っている。気分を良くするための魔法の粉か?」


「え? 違うのか? たくさん飲めば元気になるし、酒と一緒に飲めば効き目も三倍! これぞ効率的ってやつだろ、ガハハ!」


見習いは、開いた口が塞がらないまま手帳にペンを走らせる。 「……だめだ、この人。テキストにある『不適正な使用』のチェック項目を全部一人で埋めてる……」


モネが、カウンター越しに冷ややかな視線を村人Aに突き刺した。 「あのね、村人Aさん。薬を本来の目的以外で、快感を得るために使うのは**『乱用』**っていうの。それはもう治療じゃないわ。自分を壊す自傷行為よ」


「じしょー? 難しいこと言うなよモネちゃん。ちょっとフワフワしたいだけだって」


「笑い事じゃないわ! アルコールと一緒に飲めば、薬の分解が邪魔されて、あなたの体の中で毒に変わるの。それが**『相互作用』**。最悪、そのまま目が覚めなくなることもあるんだからね!」


聖騎士が、村人Aの襟首をひょいと掴んだ。 「いいか。医薬品には、正しく使っても起きる**『副作用』**というリスクが必ずある。WHO(世界保健機関)もそう定義している。……正しく使っても起きるものを、お前のようにデタラメに扱えば、それはもはや『牙』だ。お前は今、自分から猛獣の口に頭を突っ込んでいるのだぞ」


「えっ、死ぬの……? 俺、鼻水止めてスッキリしたかっただけなのに、永眠しちゃうの……?」 ガタガタと震え出した村人Aに、モネが呆れたようにため息をついた。


「大げさね。今すぐどうこうじゃないけど、そんなデタラメを続けてたら、いつか取り返しのつかないことになるって言ってるのよ。ほら、お酒は預かるわ。今日はもう帰って、白湯でも飲んで寝なさい!」


「へい……。あ、説明書、道端で拾ってきます……」 力なく店を出ていく村人Aの後ろ姿を見送りながら、見習いは手帳のページをめくった。


「……あほだなあ。でも、案外僕たちも『市販薬だから大丈夫』って、どこかで油断しちゃってるのかも」


「その通りだ」 聖騎士が剣を鞘に収め、見習いの手帳を覗き込む。 「正しい知識という鞘がなければ、薬という刃は容易に持ち主を傷つける。次は、その『持ち主の側』……つまり、使う者の体質や年齢について学ぶぞ」 


                 *


◇ モネの調剤室・ワンポイントアドバイス!

「はぁ……村人Aさんには参っちゃうわね。見習い君、今のやり取り、ちゃんと整理できてる?」


〇副作用ってなに? 「WHO(世界保健機関)の定義だと『有害かつ意図しない反応』のこと。正しく使っていても起きる可能性があるリスクのことよ」


〇『乱用』は絶対ダメ! 「村人Aさんみたいに『フワフワしたいから』なんて、本来の目的以外で使うこと。自分を壊す自傷行為よ」


〇『相互作用』に気をつけて! 「お酒(アルコール)や他の薬と混ぜて飲むこと。体の中で魔力が暴走……じゃなかった、薬の成分が変な反応を起こしちゃうの」


「……次は、もっと繊細な話。村人Cさんと、じいさまの出番ね。準備はいいかしら?」

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