第11話「雪中の告白と重なる熱」
「いらっしゃいませ」
店に入ると、蓮の声がした。だが、そこには明らかな疲労の色が滲んでいた。
目の下には隈ができ、目は充血している。それでも、客に対しては誠実に、丁寧に接客していた。
客が途切れるのを待って、湊はカウンターに歩み寄った。
「……蓮さん」
蓮が顔を上げ、湊を見て目を見開いた。そして、視線が湊の後ろにあるはずの荷物を探すように彷徨う。
「……帰るんじゃ、なかったんですか」
「帰ろうとしました。でも、戻ってきました」
「なぜです」
「あなたに言いたいことがあったからです」
湊はカウンターを回り込み、工房への入り口に立った。
「昨日のこと、謝りに来ました。勝手なことをして、ごめんなさい。あなたのペースを乱して、苦しめてしまって」
湊は深々と頭を下げた。
沈黙が流れる。店内の古時計の音が、やけに大きく聞こえる。
「……頭を上げてください」
蓮の声は静かだった。
「謝らなけりゃいけないのは、俺の方です」
「え?」
「昨日の夜、記事を全部読みました。……あんなに温かい文章、初めて読みました」
蓮は照れくさそうに頬を掻いた。
「俺の菓子への想い、親父への敬意、そしてこの街への愛情……全てが詰まっていた。あなたがどれほど真剣に俺たちを見てくれていたか、痛いほど伝わりました」
「蓮さん……」
「俺は怖かったんです。急激な変化が。また何かを失うんじゃないかと、臆病になっていた。だから、あなたに八つ当たりをした。最低です」
蓮が一歩近づく。
「客が増えたのは大変ですが、食べてくれた人は皆、笑顔で帰っていきます。『美味しかった』と言ってくれます。それは、あなたが架け橋になってくれたからです。……ありがとう、湊さん」
蓮の瞳が潤んでいる。
その誠実な言葉に、湊の涙腺が決壊した。
「うぅ……良かったぁ……嫌われたかと思って……」
湊がボロボロと涙を流すと、蓮は驚いて、それから優しく抱きしめてくれた。
「嫌うわけがないでしょう。……俺は、あなたが好きです」
ドキン、と心臓が爆発しそうになった。
今、何て言った?
湊は涙に濡れた顔を上げ、蓮を見上げた。
「え、す、好きって……人として、ですか? それとも……」
「愛しています。一人の男として、あなたが必要だ」
蓮の真っ直ぐすぎる告白に、湊は顔が沸騰しそうになった。
「お、俺も! 僕も、蓮さんが好きです! 大好きです!」
湊は蓮の背中に腕を回し、しがみついた。
大きくて、温かくて、安心する匂い。小豆と砂糖の甘い香り。
「……戻らないでください。東京へ」
「戻りません。いや、たまには打ち合わせで行くかもしれないけど、拠点はここにするつもりです。編集長にもそう言って説得します」
「そうですか。……良かった」
蓮が力を込めて抱きしめ直す。骨がきしむほど強く、でも痛くはない。
「それと、相談があるんですが」
「何でしょう」
「店、人手が足りないんですよね? 僕、手伝いましょうか? ライターの仕事と兼業で、広報兼販売員として」
蓮は少し驚いた顔をして、それから今日一番の笑顔を見せた。
「それは心強い。……ですが、給料は出せませんよ? 現物支給で、売れ残りの菓子と、俺のまかない飯になりますが」
「最高じゃないですか。むしろそれがいいです」
二人は笑い合った。
窓の外では雪が激しく降り始めていたが、店内は春のような温かさに包まれていた。
その時、店の電話が鳴った。
蓮が出ようとするのを、湊が止める。
「僕が出ます。広報担当ですから」
湊は受話器を取り、明るい声で応答した。
「はい、お電話ありがとうございます。月光堂です!」
その姿を見て、蓮が満足そうに頷く。
こうして、二人の新しい関係が始まった。
恋人として、そしてビジネスパートナーとして。
硬い殻は完全に割れ、中から溢れ出した甘い蜜が、二人の未来を甘やかに彩っていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。