異世界転生者の俺は、少女たちに振り回される

らん

第1章 異世界転生者の俺は、学園トップの少女たちのコーチになる

第1話 へぇ、ここが異世界か……

 ある夏の日のこと。


 (……あ、これダメなやつだ)


 俺は、見慣れた病院の天井と聞き飽きるほど聞いてきた医者の慌て声にそう思った。


「……あれ? 俺、また死にかけてない?」


 はい、自覚あります。原因はだいたい俺の体で、俺の体力で、そして俺のポンコツな内臓です。


 いつも通りの騒ぎを起こしている医療スタッフをぼんやり眺めながら、


 (あ、コレ本当にダメなやつだ)


 なんて思いながら、なんとなく、死ぬってもっと感動的なものじゃないの?とか考えていた。


 もっとこう、走馬灯がバーッと流れて、最後に「今までありがとう……」とか言って、周りにいる人たちに拍手されながら向かえるものじゃないの?


 ――でも、走馬灯なんて流れなかった。

 流れるほどの思い出なんて正直無かったからだ。


「ああ……青春、したかったなぁ」


 クラスで騒いだり、みんなでバカやったり、告白して振られて気まずくなったり、そんな普通の青春。

 病院のベッドの上じゃ、永遠に出来なかったやつ。


 そう思った瞬間――ふっと、音が消えた。

 医者の声も、心電図のピッピッという音も、何もかもが静かになる。


 (……え? 俺、ついに逝った?)


 こんなアッサリと死が来たのかと考えていたら、急にふわっと体が軽くなった。

 いや、体どころか意識そのものが浮かんでる感じだ。

 眠りとは違う、もっと深いところへ沈むような感覚。

 痛みも苦しさもなく、ただふわりと落ちていく。


 (ああ……、やっぱり終わりか)


 意外と静かな最期。

 悔いがあるとすれば、この二十年間で“何一つ思い通りにできなかった”ことだ。

 青春――というより、「普通の生活」を一度でいいから味わってみたかった。

 

 自分の気持ちで、生きたいように生きる。

 ただそれだけの願い。


 (……でも、それも仕方ないか)


 そう思った時だった。

 ふっと、暗闇の中に揺らぐ気配がした。


『――うん、君ならきっと大丈夫』


 声だった。

 誰のものかはわからない。

 けれど不思議と、嫌な感じはしなかった。


『心配しなくていいよ。ここから先は、きっと……』


 (……どういう意味だ?)


 問い返す前に、意識が急激に浮上した。

 目の前が一気に光に包まれ、耳をつんざくような轟音が響き――

 視界が、開けた。

 

 体がひねられ、強く引っ張られ、逆に押され、まるで洗濯機の中につっこまれたシャツみたいに振り回されて――


 ――ドンッ!


「ぎゃああ、痛っっ!?!?」


 気づけば俺は、地面に盛大に顔面から着地していた。


 (うわ、痛っ……って、森? どこだここ!?)


 雨が降る森をキョロキョロしていると、鋭い悲鳴が耳を裂く。


「っ、来るッ! 二人とも避けて!」


 悲痛な少女の声。

 しかも、その後ろで小さなうめき声も聞こえる。


 (え、何が来るって……)


 顔を上げた瞬間、息が止まった。

 十数メートル先で、3人の少女が巨大な“何か”と必死に応戦していた。

 アニメやゲームの中だけかと思っていた、ああいう化け物。森の大木ですら、小さく見える。

 そいつが動くたび、土煙が巻き上がり、木々が倒れ、地面がえぐれていく。


 (……いやいやいやいや。これ、夢!? 悪夢でも見てんのか、俺!?)


 もちろん本物を見たことなんて一度もない。というか、こんな化け物を見たことがあるやつがいたら教えてほしい。


「ギャオォォォォォオオンッ!!」

 

 咆哮と同時に、空気が叩き潰された。耳鳴りが止まらず、視界が揺れる。悪夢なら目が覚めてほしいほどのうるささだ。

 

 そのまま、その化け物は攻撃の体勢に入る。体に光が集まり、空気がビリビリと震えて、風が吹き荒れた。

 その攻撃が危険だってことだけは、嫌でも理解できた。


 (あれ絶対受けちゃいけないやつだ……!)


 化け物と対峙している一人の少女が膝をついた。服は破け、ところどころから血を流している。この状況になっても声が出ないほど体力に余裕がなさそうだった。

 別の子は体を必死に支えているが、肩が上下に激しく動かしていて、血が流れている腕はもう限界そうだった。

 最後の一人が、震える声で叫んだ。


「っ、ダメ……! 防げない……っ!」


 ――あ、これ、ヤバい。


 そう分かった瞬間、体が勝手に前へ出た。

 恐怖心とか、そんなの知らんぷりで。

 

 (待って、俺……こんな動ける体じゃないのに!?)


 病室でまともに歩くのだって大変だった。

 階段なんて、一段で息が切れていた。

 運動なんて、夢のまた夢だった。


 なのに。


 足は地面を蹴っていた。

 息は苦しくない。

 全身が妙に軽い。


 (……でも、いい)


 少女たちは怯えていた。

 誰かが助けないといけない。

 今、ここにいるのは――俺だけだ。


 (こういうの……ほんの少しだけ、憧れてたし)


 病院でただ寝ていただけの俺が、ここで動かなくてどうする……!

 

 胸の奥が、熱く鳴る。

 次の瞬間。

 俺の体の奥で、『何か』が暴れた。


「――ッ!? なんだ、これ!?」


 熱でも痛みでもない。

 もっと別の、奥底の何かが目を覚ましたような感覚。

 その予兆を振り払うように、俺は無意識に手を伸ばした。

 

 光が爆ぜる。

 風が唸る。

 少女たちの悲鳴が聞こえる。

 

 そして俺の手から――

 見たことがない光が迸った。


 ――

 

 赤髪の少女が荒い息を吐きながら、地面に倒れた男へ駆け寄った。

 一年生の中でも突出した実力を持つ彼女だが、その表情は焦りで張りつめている。


「ちょ、ちょっと……! 本当に無茶して……! エステル、レナ、手伝って!」


「わ、分かっていますわ。でも、力の抜けた方を運ぶのって大変ですわ……! それにわたくしたち、怪我をしていて……」


「こいつがいなかったら死んでたかもしんないの!」


「そ、それはそうですが……」


 気迫こもった言葉に圧倒される。

 金髪の少女は息を整えながらも、倒れた男の肩を慎重に持ち上げる。貴族らしい言葉遣いとは裏腹に、怪我の痛みに苦しみ、険しい表情を見せていた。


「レナ、そっち頼める?」


「は、はいっ……!」


 栗色の髪の少女も震える手で男の腕を支える。三人とも魔物との戦闘の余韻が抜けきっておらず、息は荒い。

 男一人を持っていけるような体力なんか残っていないはずだった。それでも、三人はこの人を置いておくことはできなかった。

 

「急ぐわよ! 早く医療棟に連れていかなきゃ!」


 三人は互いを励まし合うように声を掛けながら、男の体を抱え、学園の医療棟へと走っていった。


 ――

 

 嗅ぎ慣れた消毒液の匂いがする。


(……病院?)


 俺は結局死んでなくて、戻ってきたのか?

 あれは夢だったのか?

 

 そう思いながら、まぶたをゆっくり開けると、白い天井が目に入った。

 いつもの病院とは違う。天井の模様は奇妙で、窓の外には石造りの建物。


 (やっぱり、夢じゃなかった。でも……静けさとか、空気の感じとか。ちょっと似てるな)


 落ち着くような落ち着かないような感覚で、俺はゆっくり体を起こそうとする――。


「あ、ようやく起きた。でも、まだ動かないほうがいいよ。無理すると傷が開くから」


 柔らかくも、少し大人ぶった声がした。

 声する方を見ると、青みがかった銀髪をひとつにまとめた女性が、カルテのような板を持って立っていた。

 白衣とは少し違う服。けれど医者のような雰囲気。

 

 随分と綺麗な人だと思った。

 病院の中でも、モテるんだろうな。


 (そんなどうでもいいことを考えられるくらいには元気っぽいな、俺の体)

 

「……えっと、あなたは?」


「私はミレイユ。ここの医療棟の担当。怪我の治療はもう済ませてあるから、安心していいよ」


 優しく微笑むその顔に、俺は少し息を呑んだ。


(……病院の先生ってより、看護師って感じだな)


 距離感がどこか近い。

 けれど、妙に安心する雰囲気だった。


「体のほうはどう? 痛いところとか、変な感覚は?」


「あ、えっと、たぶん大丈夫、です。でも、ここ、どこなんですか?」


 ずっと気になっていた疑問をぶつけると、その先生は少しだけ表情を和らげて、ベッドのそばに腰掛けた。

 距離が近いな。


「ここは、ノアス魔法学園の医療棟。魔物との実習や訓練で怪我をした子たちを治療する場所だよ」


 (……魔法学園? 魔物?)


 いきなりの単語の嵐に、俺はすぐに理解が追いつかない。

 言葉自体は分かると言うのに。まるで、一週間入院して学校に戻ったら、みんなが知らない言葉で話しているみたいな感覚だった。


 ミレイユ先生は、そんな様子を察したのか、言葉を選ぶように続けた。


「まぁ、君がそんな反応しちゃうのも無理はないよね。簡単に説明すると、このノアス魔法学園は、魔法を学ぶための学園なの。ここに通うのは魔法使いの卵たちで、授業の一部には魔物相手の実習がある」


(魔法……魔物……学園……)


 文字にするとファンタジーRPGの説明文みたいなのに、

 今はそれが現実として耳に突き刺さってくる。


「ちょ、ちょっと待て……つまり、ここって……」

 

 俺は息をのみ、現実から目をそらすように天井を見上げた。


「……異世界ってこと!?」

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